「竹の春、竹の秋」

6.

 「カオルく…カオル…」
 そしてその名を確かめるように呼ぶ。
 「何?」
 「恋人は?」
 「いないよ。いたら口説いて、なんて言わない」
 「好きな人は?」
 「いない。」
 「好きな人、いないの?」
 「いないよ。いなきゃ駄目なの?」
 「いや、別にいいよ。好都合だよ。」
 タクミは空になったグラスを持ち上げてカウンターの中のテンガロンハットにおかわりの合図をした。それから、薫を振り向いて「君は?」と尋ねた。
 「うん、俺も。」
 薫もカウンターの中にグラスを持ち上げて同じようにおかわり、と合図を送った。テンガロンハットが「はーい」といいながらウィンクをした。それを見て薫の口の両端が下がったのは、無意識にしたことだったけれど、ウィンクを返すほどの元気も優しく微笑むほどの穏やかさもその時には持ち合わせていなかったのだ、多分。

 ふと見やれば、タクミはグラスを下ろした薫の手を目で追っていた。
 「手は、似て、ない。」
 と、タクミは言った。薫は聞こえない振りをした。
 「髪を、撫でてもいい?」
 と、タクミは尋ねた。
 「── いいよ。」
 薫は真面目な顔で答えた。タクミの手は最初、恐る恐る薫の頭をなぜた。そっと、そっと、ゆっくりと。それから、タクミはどこかが痛んでいるように苦く笑った。
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