シンデレラは硝子の靴を


「私情ついでに、訊きたい事があるんだけど―」



届いた鰻重に石垣は手をつけないまま。



「時間がないので、食べながらでも良いですか?」



沙耶はといえば、ドキドキしながら蓋に手を掛ける。


お吸い物と湯呑みに入った濃い緑茶が、どうしてこんなに美しく鰻を際立たせるのか。


更に言えば、漆塗りの器がなんと良い味を出していることか。


食の芸術に心震わせながら、半分だけタッパーに容れて駿に持って帰ってやれないかなと考える。



―いよいよ鰻とご対面―



そう思った時。




「お前の家、昔竹林とかあった?」



カパン、という音と一緒に、鰻重の蓋が最初の位置に戻った。



「―え?」



気付けば、訊き返していた。



―今、なんて言った?



聞き間違いじゃなければ、竹林と言っただろうか。



顔を上げれば、石垣は相変わらず、沙耶を見つめていて。




「だから、昔住んでた所の話。近くに竹林とかあったかって訊いてんの。」




沙耶の胸がざわついた。


竹林であった思い出は、他にはない。


ひとつしかない。



それを今、どうしてこの男が知っているのだろう。


栗色の髪。

表情はよく思い出せないけれど、大体いつも笑ってた。


こんな、男じゃ絶対になかった筈だ。



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