シンデレラは硝子の靴を
「ありません。」


少し彷徨った記憶を振り払うようにして、きっぱりと否定すると、沙耶は今度こそ重箱の蓋を開ける。



「…そっか。」



それに対し石垣は短く答え、自分も漸く箸を手に取った。


平静を装いながら沙耶は黙々と鰻を口に運ぶが、正直味もよくわからない程動揺していた。



色々なことが、繋がりかけそうな。


そんな気がすると同時に。



自分の中での綺麗な思い出が、新しい未来を乗せることによって、変わってしまうんじゃないかという恐れ。


唯一穢されることのなかった、記憶が。

今まで何度と無く沙耶を支えてきたか。


それが今、一瞬にして崩れかけそうな。


まさか。という声が、さっきから何度も繰り返されている。








「トイレ休憩も兼ねて、少し一人で回ってきても良いですか?」



勢いで何とか食べ終わると、沙耶は石垣に提案を持ちかける。



「ん。安いスーパーでも行って来い。但し始まる前にはホールに戻れよ。」



いつもよりすんなりと快諾した石垣の態度が、沙耶の気持ちを揺らがせる。




「はい、ありがとうございます。」



やっとのことで、返事をすると、沙耶は逃げるように石垣の傍を離れた。




その後ろ姿を見ながら。




「忘れたのか?」



さっきは訊けなかった問いを。


石垣がぽつり呟く。


そうして遠退く沙耶をぼんやりと目で追った後、ポケットで震えるスマホに気付いて耳にあてた。



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