シンデレラは硝子の靴を
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助手席に、香りのきつい百合の花束を置くと、花粉がワイシャツの袖口に着いてしまったことの気付き、坂月は顔を顰めた。
「落ちないんだよな、これ…」
諦めの吐息と共にエンジンをかける。
さっきよりも強さを増した雨粒をワイパーが蹴散らしていく様子を見て、車内が暖まるのを待った。
静けさの中、突然スマホが鳴り出し、ちらりと目をやると。
「あ、駿くん…」
沙耶が入院中に、何度か様子を見にいってあげたことがきっかけで、急速に距離が縮まった。
まだ若い彼の目に、坂月は一体どんな風に映っているのだろう。
時々、心配になる。
頼りがいのある男に移っているとすれば、それは大間違いだからだ。
すっかり懐いてしまった彼を思うと、苦々しさが込み上げてくる。
それを振り払うように一度頭を大きく振ってから、画面をスライドして耳に当てた。
「―はい」
途端に駿の慌てた声が飛び込んでくる。
《あっ!坂月さん!?俺、駿ですけど!!姉ちゃん近くにいますか?!》
「いや、今は…どうかしましたか?」
《俺今病院なんですけど…姉ちゃんと連絡がつかなくて…母さんが危ないって…直ぐに病院に来るように、伝えてください!》
雨音と、百合の香りが、余計に煩わしく感じられた。