シンデレラは硝子の靴を
久方ぶりの狡猾なその目に、鳥肌が立った。
北風が強さを増す。
「あんたさ、ここを出てく時、盗ってった服があったでしょ?」
まるで面白い遊びを思いついたかのようににやりと笑う。
「服…?」
「そう、新しい奴を一着。」
―まさか。
嫌な予感がして、沙耶は目の前に勝ち誇ったように笑う女を愕然として見つめた。
「出て行った後で気付いて、すっごく悔しかったのよ。心残りでねぇ。うちの子が欲しがってたのに。」
一瞬で笑みが消えて。
「あれを返して。そしたら考えてあげてもいいわ。」
ぴしゃりと言い放った。
「でも!あれは父が私に買ってくれたもので唯一の遺品なんです―あの一つしか―」
もう父からの物は他に、ない。
「まぁ!まぁまぁまぁまぁ!泥棒の癖に何言ってるのかしら?折角、兄さんの娘だから大目に見てあげようと思えば…いいわ。この話は無かったってことで―」
大袈裟なリアクションをして、再び背を向けた叔母に。
「…わかりました…」
唇をぐっと噛み締めて、沙耶は呟く。
「何?聞こえなーい。」
心底馬鹿にした声が、耳障りに響く。
「お返しします…」
「―そう?」
沈痛な面持ちでいる沙耶を見て、更に奈落の底まで突き落としてやろうと叔母は口を開いた。
「あぁ、それと―うちの子があんたの所の弟と外ですれ違って嫌だって言うから、高校も別の所にしてくれる?そうねぇ…都外にでも行って。そしてもう二度と家に顔を出さないで。目障りよ。」
最後の台詞を、低い声で冷たく言い放った叔母を。
沙耶は真っ直ぐ、静かな目で見つめる。
「…そしたら、、」
胸に痞(つか)えるものがあって、言い掛けた所でそれをぐっと呑みこむ。
「―私が言った事、守ってくれるんですね?絶対に。」