シンデレラは硝子の靴を
硝子の靴を、君に
―もうすぐ春が近づく頃。
「いってきまーす。」
長閑(のどか)な田園風景が広がる畦道を、駿が自転車に乗って走っていく。
「気をつけてねー!」
沙耶は玄関のドアに寄っかかりながら、その背中を見送った。
「さぁ…て。私も行かなくちゃ。」
ふ、と小さく息を吐き、エプロンの紐を解きながら家の中に入る。
「…遮光式…諦めるか。」
アパートで使っていたレースのみのカーテンが目に入り、沙耶は思わず呟いて、くすりと笑った。
暑い夏も、寒い冬も乗り越えられたから。
「えっと…鞄、とお弁当…っと。」
そして、直ぐに自分の荷物を手にとって、玄関を出ると鍵を閉めた。
「いってきます。」
誰にでもなく挨拶して、自転車に跨る。
今度の借家は平屋で、山に囲まれている。
一番近いお隣さんは100m先だ。
都心のがやがやとした喧騒から離れて、引っ越してきた場所は、田舎だが大きな総合病院がある。
空気の綺麗な環境を母も気に入ってくれ、沙耶も一安心だった。
ただ。
ここに来るに際し、一番気がかりだったのは駿。
転校の話を出したら、絶対に反対するだろうと予想していたのだが、実際は異なっていた。