シンデレラは硝子の靴を
「すいません」
「はい?」
背後から男の声に呼び止められ、振り返った。
見ると、びしっとスーツを着こなして、田舎には不釣合いな香水の香りを漂わせた男が立っている。
「―なんですか?」
思いっきり不信感を露わにして睨みつければ、男は苦笑しながら口を開いた。
「突然すみません。こちらに、秋元沙耶さんという方がいらっしゃると聞いて、伺ったのですが…」
―誰だよ、こいつ。
自分の名前を出されて、更に警戒心が募った沙耶は、自分の記憶の中にこんな男がいたかどうか探ってみるが、一瞬で知らないという結論に達する。
「私ですけど…、なんか用ですか?」
いざとなったら戦おうと戦闘態勢に入りつつ、沙耶が訊き返せば、男はあからさまに安堵の息を吐いて、胸ポケットから名刺を取り出した。
「良かった。すごい捜したんですよ。連絡が取れないし、中々見つからなくて…」
電波のないここら辺の地域では携帯は無意味だ。
こっちに来て直ぐに解約してしまって、必要な時は隣の家に電話を借りに行くという、いつの時代だとつっこまれるような状況。
連絡がつかないのも当たり前だった。
「―実は私こういうものでして」
差し出された名刺の、弁護士という文字だけが、最初に沙耶の目に飛び込んでくる。
「この度、秋元財閥の顧問弁護士になりました、廣井です。」
―は?秋元家?顧問…?
そんなものがどうしてここに。
名刺を受け取った沙耶の目が点になる。
「この度、秋元財閥の権利が、全て貴女に移行しましたので、手続きをお願いしたく―」
「え?」
沙耶は自分の耳を疑った。
「すいません、もう一度お願いできますか?何が、、どうなったって…」
動揺する沙耶に、廣井はにべもなく答える。
「貴女が、秋元財閥の当主になりましたので、手続きを行っていただけますか?」