シンデレラは硝子の靴を
遠くから数回見たことのある玄関。



恐る恐る引き戸を開ければ、カラカラと音が鳴る。




「こんな風になってたんだ…」




石垣の屋敷に比べたら、象と蟻のような違いだが、立派な材木をふんだんに使用した建物は、それなりの価値があると言えよう。



財産となるような家具はそのままにされてあるらしく、人影がないのが逆に不自然に感じた。




時折、床が軋む音だけが響く。




そして。




―この奥が部屋の中心かな。




そう考えながら、広間に出ると―。





「……っ…」




声すら、出なかった。



なのに。



涙が一気に身体を駆け上って。



その反対に、立つ力が抜けてしまって。




沙耶はへなへなとその場に座り込んだ。




ぼやけてしまった視線の先には。






トルソー。






それに、着せられた。






皺一つ、傷一つ、ない。





父からの、濃紺のワンピース。





誰も居ない部屋に。



聞こえるのは、嗚咽だけ。



床にぽたぽたぽたと付く涙の痕。




重なっては、弾かれる。





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