シンデレラは硝子の靴を
包丁でまな板を叩く音。


お湯の沸いた音。


換気している窓の外から聞こえる車のクラクション。


ゴウンゴウンと洗濯機が外で回っている音。




朝から聞こえる日常の音は、忙しない。





「あ、そうだ。私今日から仕事早くなったから、先に出るからね。戸締りお願い。」




「おう。」





育ち盛りにふさわしい大きな弁当箱に具材を詰め込みながら、沙耶が声を掛けると、洗面所から駿が返事する。




「初出勤?…つーか、今度の仕事どうしちゃったわけ?セレブ?」




タオルで顔を拭きつつ、駿が襖の前の紙袋を指差した。




「そんなんじゃないわよ…そうだ、仕事の関係で明日引っ越しだから、学校の物とかまとめておいてね。」




「引越し!?まじかよ。急過ぎんだろ…俺テストあるんだけどー」




「ぶつくさ言わない!」




沙耶は出来上がった朝食を卓袱台の上に並べ、ずらっと並んだ紙袋の中のひとつを取る。




中には高そうなスーツが入っていて、エプロンを外した沙耶は、暗い気持ちでそれに着替えた。




「おぉー、すげぇ!姉ちゃん、貧乏人に見えない。」



「ばか」



にやにやする弟を一蹴し、バッグをひっつかんで、沙耶は家を出る。






金木犀の香りは、まだ、季節の移り変わりを許していない。


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