「幽霊なんて怖くないッ!!」
……また私は逃げている。
秋さんの死から。 『カゲロウの血』から。 運命から。
逃げきれないとわかっているのに、それでも私は逃げていた。
「杏っ!!」
「……っ……」
階段の踊り場で私の腕を掴んで止めたのは、息を切らせながら私を見る八峠さんだった。
「ここで、離れたら……奴の……カゲロウの思う壷だ」
「……もうイヤです……私は、もうっ……!!」
「俺たちに逃げる場所なんか無い。 どこに逃げたって、結局全部、無意味なんだよ」
息を整えながら、八峠さんは言葉を続けていく。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、私を見つめながら……。
「このままじゃお前は死ぬ。 ここで逃げたら、絶対に殺される」
「……」
「ツラいのはわかるが、逃げたって何も解決はしない。 だから──」
「……わかるわけないよ。 八峠さんには私の気持ちなんて、わかるわけがないっ……!!」
……衝動的に出た言葉に、八峠さんは口を一文字に結んだ。
そして、言葉を発した私自身もまた……それ以上の言葉は出なかった。
……私、何言ってるんだろう。
八峠さんは、大切な人を……お父さんとお母さんを、カゲロウに殺されているのに……。
今の私と同じように……ううん、私以上に苦しい思いを抱えてきたはずなのに……。
「……」
「……」
……無言が続く中でも、涙はこぼれ落ちる。
秋さんへの思い。 目の前に居る八峠さんへの思い。
衝動的に出てしまった言葉への、後悔……。
色々な感情が入り交じり、ただただ苦しくて、涙が止まらなかった。