「幽霊なんて怖くないッ!!」
……ヘナヘナと座り込む私と、壁に寄りかかり、ズルズルと座る八峠さん。
その時の八峠さんは、小さく舌打ちをしながら とにかく不機嫌そうだった。
「双子はどうしたんだよ」
「ミカさんの家へ。 彼女のご主人のオーラが、双子を守ってくれます」
ミカさん。というのは初めて聞いた名前だけど、『彼女のご主人のオーラが』というセリフから、同じ『カゲロウの血』である30代の女性のことだろうと考える。
30代の女性はご主人の力のおかげで守られていると薄暮さんに聞いていた。
双子は今、その人のところに居るんだ……。
「病院から離れましょう。 霊が集まってきています」
「……」
「八峠さん」
「……」
……薄暮さんの声に、八峠さんは反応しなかった。
彼はその場に座ったまま地面を見つめ、深く息を吐き出すだけで……そして私もまた、動くことは出来なかった。
(秋さん……)
秋さんと過ごしてきた日々が頭の中を巡り、また涙がこぼれ落ちる。
霊となった秋さんはカゲロウの手に落ち、そして、薄暮さんに斬られて最期を迎えた。
……あの叫び声は、秋さんの叫び声だったと思う。
もがき苦しむ声が、耳から離れない……。
「八峠さん」
もう一度 名前を呼ぶ薄暮さんに、八峠さんは小さく言った。
「……どこに逃げたって結局全部 無意味なんだよ。 だから俺は逃げねぇよ」
「わかってます。 でも今は離れるべき時です」
「お前の言う『離れる』ってのは、イコール『逃げる』だろ。
逃げ場なんて無いってわかってるのになんで逃げるんだよ。 馬鹿じゃねぇの、んなもん意味ねぇっつーの」
「いいえ、意味はあります」
「……何が違うんだよ。 幽霊が集まってきてる、だから『逃げる』んだろ?
結局どこに逃げてもカゲロウは俺らを追いかけてくる。 それがわかってるのに、なんで逃げる必要があるんだよ」
……この場から離れようとする薄暮さんと、頑なに動こうとしない八峠さん。
正反対に動こうとしている二人が、視線を合わせる。
「あなたの気持ちはよくわかります。 僕ももう逃げません。 だから僕は、今 この場を離れるんです」
「……意味わかんねぇよ。 結局逃げるんじゃねぇか」
「離れるイコール逃げる というのはあなたが決めたルールでしょう?
僕は違いますよ。 離れることが逃げることだとは思っていない。
僕がこの場を離れるのは、あなたたちを生かすためです」