「幽霊なんて怖くないッ!!」
「俺と雪は永遠を生きる特別な存在だ。 人間を犠牲にしていることなど、雪は知らなくていいんだよ」
「……彼女は何も知らぬまま、お前との永遠の時間を生きていくということか」
「そうとも。 今までがそうだったように これからだってそうやって生きていくんだ。
人間だって多くの動物を殺し、食して生きていくだろう? それと同じじゃないか。
俺はこれからも多くの人間を殺す。 それは、生きていくために必要だからそうするんだ」
……自分たちの生活を守るための……それだけのために行う、殺戮(さつりく)──。
「……かつてのお前は、自分のためだけに多くの命を奪っていた。
けれど今のお前は、愛する者のために罪を重ねているんだな……」
「これは罪じゃない。 俺に与えられた使命だよ」
「……使命? こんなのは、ただの殺人じゃないか」
「俺と雪が生きるためだ。 他の者がどうなろうと知ったことじゃないさ」
カゲロウは微笑みを浮かべながら、間合いを詰めてきた。
気を纏わせた拳。
その拳で殴打されれば、骨のたちまち砕け、内臓も潰れるだろう。
……防御ではなく、回避。
次の攻撃も、回避。
「どうした、逃げるだけかい?」
まるで踊っているかのように いくつもの攻撃を繰り出してくるカゲロウ。
その攻撃スタイルは、楽しそうに幽霊を倒す八峠さんとよく似ていた。
……いや、似ていて当然か。
八峠さんはカゲロウの子孫にあたる。
その関係が遠い遠いものだとしても、『カゲロウの血』と呼ばれる人間の中には確実にカゲロウが居るんだ。
本人にその気が無くても、八峠さんの中にはカゲロウが居る。
「なぁ、薄暮 一縷。 お前はこんな腑抜けではなかっただろう?」
「……」
「俺を殺しに来たんだろ? だったら逃げ回るだけじゃなくて、俺を本気で殺してみなよ」
木々の上を飛び交いながら、数度目の回避。
そして、ほんの僅かに出来た上体の隙をつき、渾身の攻撃を繰り出した。
「つッ……」
──血しぶきが舞い、辺りが紅に染まる。
狙いはカゲロウの心臓。
だけど直前でかわされ、小刀はカゲロウの左腕を切り裂いたに過ぎなかった。