紫陽花と犬
プロローグ
スチールグレイに染まった空から、とめどなく降り注ぐ雨。
幼い頃、こんな雨の日に、捨てられた仔犬を拾って帰ったことがある。
冷たい雨に濡れてふるふる震える仔犬が可哀想で、でも家では飼えないことは分かっていた。
戻してきなさい、とお決まりの台詞で怒られて、泣きながら仔犬を元の場所に戻しに行った。
雨ざらしの段ボール箱ではあまりにも可哀想で、あたしはわんわん泣きながらごめんねと繰り返した。
そんな遠い昔の記憶が思い出されて。
だからこれは、そう。
――単なる気まぐれだ。
「……いつまでそこに突っ立ってるつもりなの」
窓を開けて、軒先に佇む男にそう声を掛ける。
一体何時間そこに立っていたのだろうか。
髪も服も、どこかで泳いだかのように濡れている。
「貴女の元に置いていただけるまで、いつまででも」
柔らかく笑んで言う男は、年のころなら二十七、八。
乾いていれば恐らく猫っ毛であろう髪からしたたり落ちる滴が、整った顔立ちを伝っていく。
あたしに向ける微笑みはどこか悲しそうで、まるであの日の仔犬のようだった。
小さく溜め息を吐いてから手招きをすると、男は少し驚いたような顔をしてからそろりと近寄ってきた。