【完】英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!
うっすらと卒業式に合わせてしていた化粧を、袖で落とす。
涙でぐちゃぐちゃな顔に化粧なんて無意味だから。
言えない癖に、不満が溜まるとこの桜の木の下で泣いていた。
理由は、簡単。
お父さんの書斎から、この桜の木はよく見えるから。
私の生まれた日に、記念に植えたこの桜。
この桜のように艶やかで美しい女性になるようにと、名前まで可愛く付けてくれたお父さん。
此処で泣いていると、書斎から墨を説く音が聞こえてきて。
その音が私の泣き声で止まるのが好きだった。
『おいで、美麗』
そう言って抱きしめてくれた父はもういない。
穏やかで、おっとりしていた父に私はよく似ていた。
短大も、お父さんが賛成してくれなかったら行けなかった。
それぐらい大切だった。今、生きていたら私はもう少しこの現実に耐えられていた。
前を向いて歩けていたのに。
「お父さん……」
掠れた声で、そう呟くと風が吹いた。
ざわざわと桜の花びらを奪っていく強い風が。