【完】英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

「はい。あの、ルームサービスは大丈夫、です」

受話器を置いてカバンからスマホを取り出す。
まだ8時になったばかりだ。昨日から10時間も経っていない、のに。

裸足でペタペタと歩きまわる。
クローゼットを開けるが、デイビットさんの服もあの桜色のワンピースも無かった。
代わりに残っているのは、ソファに皺にならないようにと広げてかけられている着物。
デイビットさんが頑張って奮闘してくれたのだろうか。

帯やシュシュも並べられている。

けれど、デイビットさんは何処にもいなかった。

テーブルの上を探しても、私宛のメモは何一つない。

信じたくなかったけど、これが現実なのかもしれない。

デイビットさんは私を鳥籠から出す為だけに、一晩戯れてくれただけ。

まるで春の夜の夢のごとしという言葉にピッタリな、現実だ。


 春の夜の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)に
   かひなく立たむ 名こそ惜しけれ

そんな言葉と、母が扇子を優雅に広げ舞う姿が脳裏に浮かんでしまう。


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