イクメンな彼氏
今日も私の足は『green express』へと向かう。
心が弾むのは、1日の中で一番好きな時間だから。もしも他に理由があるとしたら、新しい友達が出来たから……だと思う。

靴が濡れるのも、子どもたちと外で遊べないのも嫌で、雨の日は嫌い。

濡れて滑りそうなコンクリートの階段を慎重に昇ると、ガラスドアの向こうに見慣れたスーツの後ろ姿が見えた。

「おはようございます。雨だから、いないかと思いました」
期待通りの姿に、声が弾んでしまった気がする。

どうしてだろう、今日の雨は悪くない。

「雨でも仕事は休めないからね。
これ、着せてきたんだ」
椅子にはいちご柄の小さなレインコートと、抱っこ紐。
スーツに抱っこ紐の姿を想像して頬が緩む。きっといつも以上に注目されたんだろうな。

「ごめんね。ちょっとお手洗い。
悠理花、頼んでもいいかな?」

「ふぇっ、ふぇっ」と少し機嫌が悪そうだったけど、私は悠理花ちゃんを抱っこしてあやしはじめる。

だけど一階のレストルームに向かった背中を見て、悠理花ちゃんは激しく泣き出してしまった。

「フエーンッ!! ウエーンッ!!」
抱っこでゆらゆらするけど、泣き声はスピーカーの音量をひねったみたいに大きくなる。

「もうすぐパパが帰ってくるからねー」と声をかけた時、奥の席に座っていた男性が机を叩く音が響いた。

身体がびくっと反応してしまう。恐る恐る顔を上げると、通りがかりにその人は「うるせーんだよ!!」と吐き捨てて店を出ていった。

私は何も考えられなくなり、ただ悠理花ちゃんを守ろうと強く抱き締めて「ごめんなさい……ごめんなさい……」と繰り返すことしかできない。

どれくらいの時間そうしていたのかもわからない。
ドアの開く音にも気付かなかった私は、「どうしたの!? 何があった!?」という中津さんの声で我に返った。

悠理花ちゃんは、まだ泣いていた。中津さんが何も言わずに優しく悠理花ちゃんを抱っこすると、やっと泣き止んだ。

今度は心配そうな表情で、彼が私の顔を覗き込んでくる。
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