イクメンな彼氏
日傘を畳んで『green express』のドアを開ける。いつものモーニングを注文してコンクリートの階段を上るけれど、今日は足が重い。

昨日の藤本さんとの食事は精神的に疲れた。また誘うなんて言ってたけど社交辞令だよね、と思いながらも、誘われたら断れそうにない自分に嫌気がさす。

二階のドアの前で立ち止まると、グリーンのワイシャツの後ろ姿が見えた。

仲の良さそうな三人の姿が脳裏に浮かぶ。中津さんと悠理花ちゃんと……奥さん。

私は別に彼のことを恋愛対象として見てるわけじゃないし、気にしなくていいよね……藤本さんのこと、中津さんに相談してみたいし……。

必要もないのに心で言い訳をして、ゆっくりとドアに手をかけた。

「おはよう」心が和むような笑顔に心底ホッとする。だけど彼が次に発した言葉は、私の顔を強ばらせた。

「昨日はデートだったの? ガラス越しだったし邪魔しちゃ悪いかと思って、声かけられなかったんだ」

「彼氏なんかじゃ……保育士の先輩です。運動会委員の打ち合わせで。でも……」

私は昨日のもやもやを、一気に彼に吐き出した。藤本さんには言えなかった気持ちが、何故かすらすらと口から出てくる。

悠理花ちゃんをあやしながら黙って聞いてくれていた彼が、優しい表情のまま口を開いた。

「神崎さんは本当は、年長クラスの種目を減らしたくないんだね?
じゃあ、減らさずに保護者が納得する方法はあると思う?」

「はい。年長クラスの種目の一つは、年長児がリーダーシップをとれるようなものにして、縦割りで下のクラスの子達とグループを組むようにします。

そして年長クラスの障害物走にフラフープを入れて、フラフープは下のクラスの子達に運んでもらうようにしたらいいんじゃないかと思います。

それぐらいなら下のクラスの子達の負担も軽いし、親御さんは一生懸命お手伝いをしている子どもを見れて成長を感じられるんじゃないかと思うんです」

昨日からずっと考えていたことなので、淀みなく答えることができる。

中津さんはふっと笑って真顔になった。

見とれるくらいに端正な顔なのに、よく見ると左頬に小さな傷。きっと悠理花ちゃんに引っ掛かれたんだ。

思わず「ふふ」と笑ってしまって、慌てて真面目な顔に戻る。
せっかく中津さんが話を聞いてくれているのに、ふざけてちゃだめだよね。
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