イクメンな彼氏
な、なんて恥ずかしいこと言うの。
カウンター越しに聞こえるくらいだから、絶対近くの席の人にも聞こえてるのに。

後ろ姿にぶつぶつ文句を言って踵を返そうそうとしたら、左側から「あの」という声が聞こえた。

声の主はこの前私をベビーシッターと間違えた女性。「この間はすみませんでした」と頭を下げながらも、好奇心丸出し、といった表情で近づいてくる。

「部長って、笑うんですね」

悠斗さんが笑う?
意味がよくわからずに曖昧な表情になる。
どっちかというといつも笑ってるよね。

「笑いませんか?」

「笑いませんよ。全然。その部長があんな甘い台詞まで言うもんだから、私、もう気になっちゃって」

童顔で活発そうな彼女は、ぐふふ、と笑って続ける。

「勘違いさせるのが嫌なんだと思いますけど、特に女の子には笑わないんです。
前に取引先の重役の娘さんに気に入られてトラブルになったことがあるらしいからかもしれませんけど」

「え?」
始めて聞く話に戸惑いを隠せないでいると、彼女の後ろから中林さんが口を挟んできた。

「はい、仕事戻ってー。
大丈夫ですよ。向こうが勝手に熱を上げてて、部長は困ってただけですから。

その人も、もう別の人の奥さんですし」

安心したような、何だか不思議な気持ちで、中林さんに「大丈夫です、すみませんお邪魔して」と頭を下げてエレベーターのボタンを押す。

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