イクメンな彼氏
「ありがとう。暑い中並ばせてごめんね」

中津さんにソフトクリームを渡してぎこちなく微笑む。

今となっては華奢に見えて骨太な手も、落ち着いた声も、私に向けられる暖かな眼差しも全て好きだったのだと気付く。

「いいえ。これを食べたら帰りましょうか。悠理花ちゃんも疲れちゃいますしね」

中津さんの手前ソフトクリームに口を付けるけど、口の中には苦さが広がるばかりで全く味がしなかった。

早く一人になりたかった。
それなのに、彼と離れたくなかった。

私の恋は、告白もしていないのに終わってしまった。

駅の改札前で中津さんが頭を下げる。

「今日は本当にありがとう。悠理花もすごく楽しんでいたみたいだし、今度お礼に食事でもどうかな?

初めて会った時のお礼もまだ出来てないしね」

「ええ、こちらこそ楽しかったです。本当にありがとうございました。

でも運動会が終わったらクリスマス会の準備に忙しくなるんです。また時間が合えばよろしくお願いします……」

私は曖昧な返事をして彼から目を逸らした。

「じゃあ、またカフェで」と言う彼に微笑んで軽く頷くと、中津さんはベビーカーを押して人混みに消えていく。

私は見えなくなるまでその背中を見つめていた。
始まりと同時に終わってしまった恋は空しくて、情けなくて、呆気なかった。
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