イクメンな彼氏
「どうかした?19日は何か予定があった?」という藤本さんの声に我に返る。

もちろん予定なんて何もない。
私は悠理花ちゃんの誕生日を祝える立場でもないんだから。

「いいえ、何もありません。大丈夫です」

「シエロビルでクリスマスイベントがやってるし、少し寄ってから行こうか。
かなり大きなツリーで有名らしいからね。

店はオススメでいいかな。
予約しておくから」

弾んだ藤本さんの声に頷いて、「楽しみにしています」と答えて彼と別れる。

玄関のドアを閉めると、暗い闇が広がる狭い部屋。
電気を点ける気にもなれなくてブーツのままでしゃがみこむ。

いつになったらこの胸の痛みは消えるの。
中津さんを思い出さなくなるの……。

会えなくなっても、仕事がどんなに忙しくても頭に浮かぶのは彼のことばかり。

彼は今も、悠理花ちゃんと一緒に『green express』に通っているのかな。

ゆっくり歩いても十分もかからないシエロビルまでの距離が、今の私にはとてつもなく長く感じる。

行きたくても行けない大好きな場所。会いたくても会えない、大好きな人。
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