イクメンな彼氏
結局私はすぐにお母さんに連絡した。
お母さんは飛び上がるぐらい驚いている声だったけれど、同じぐらいに嬉しそうだった。

大声は相変わらずだったから、慌てようも喜びようも隣にいる中津さんに筒抜けだったに違いない。
彼は「くくっ」と吹き出していた。

デパートでお惣菜とワインを買ってタクシーに乗り込む。

「中津さん、本当にごめんなさい」

コース料理を予約していたから食べられなかった料理の支払いをしているはずなのに、「俺が比奈のお母さんに会いたかったんだ」と中津さんは一銭も受け取ってくれなかった。

「こういう時はね、ありがとうって言えばそれでいいんだ」

もうこの話は終わり、というように唇を塞がれる。タクシーの中でこんな行為……と思うのに柔らかい舌の侵入を拒むことはできず、私はおずおずと唇を開いた。

彼の舌が私の口内を味わって、唇を甘噛みする。私は何も考えられなくなって、彼を受け入れていく。

中年の運転手さんの「着きましたよ」というぶっきらぼうな声に我に返る。

たった一駅の距離だから10分程度だったけれど、キスに夢中になっていてあっという間だった。

ということは10分間もあんなことしていたってこと……? まるで運転手さんに見せつけるみたいに。

思い返してみると顔から火が出そうに熱くて、運転手さんの方が見られない。

結局ここでの支払いも素早く中津さんが済ませてくれて、私は車から足を降ろした。

さっきの行為で地に足がついていないような状態の私は、デートだからと気合いを入れて買ったピンヒールのロングブーツにふらついて中津さんに支えられる。

「比奈は危なっかしくて目が離せないね」

腰に回った手に私の鼓動は最高潮になり、大慌てで「すいません」と彼から離れようとしたけれど、彼は許さず余計に腰を引き寄せた。

こんな状態でお母さんになんて、とても会えそうにないよ。
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