恋愛温度差
 ……痛いっ。

 足先に踵は、とうに限界値を越えていると痛みで訴えてる。
 足裏もふくらはぎも。筋肉が悲鳴をあげている。

 でも、絶対に脱がない。
 お兄ちゃんに、「売れ残りババア」って言われた。それを撤回させてやるんだから。

 ジーパンTシャツで、化粧っ気がないから男が逃げるなんて、言われたくない。
 実際はそうなのだろう。それが現実なのだろう。

 男であるお兄ちゃんが……。早々に結婚したお兄ちゃんが言っているんだから。一般論なのだろう。

 だからってそのせいで、わたしはずっと32年間、彼氏もできなかった……とは思いたくない。

「あーーー、もう、やだぁ~」
 こんな自分が、激しく情けなくて、惨めだ。
 
 わたしはその場にしゃがみこむと、ぽろぽろと涙があふれて出した。

 ヒールも履きこなせず、ワンピースも似合わないオンナなんて。最悪だ。
 しかも、いま一番見られたくない人から、罰ゲームなんて言われて。

 泣きたくない。
 悔しくて、悔しくて、胸の中はドロドロしてるのに。
 どうして目からは、涙があふれるのか。

「光っ!! あかりちゃんになんて言ったわけ? 泣いちゃったじゃないのよ!」
「泣いているんですか?」と買い物から戻ってきたと思われる君野くんの声が上から降ってきた。

「ああ? 俺は現実を教えてやったんだよ。少しくらい危機感がなきゃ、この先生きてけないだろ」
 厨房からお兄ちゃんの声がした。

「泣いてないし!!」とわたしは立ち上がると、君野くんに背を向けて、厨房にいるお兄ちゃんをにらむ。
「いや、泣いただろ。目、赤いし」

 厨房からお兄ちゃんが、わたしを指でさして笑う。

「ちょっと!」と茂美さんが、カウンターから厨房のほうに手を伸ばして、お兄ちゃんの腕を力強くたたいた。

「旺志、ケーキのデコできだぞ~」とお兄ちゃんがケーキののったお皿を厨房から、だしてきて、「おい、あかり持ってけ~。お前の不格好な歩き方を見せてやれ~」と馬鹿にして笑い声をあげた。

 痛すぎて歩けないのをわかってて、お兄ちゃんが言っている。

「ケーキとお茶は私が持っていくから。あかりちゃんは、旺志くんが食べてるとこで一緒に座って休みなよ。椅子に座るだけでも、かなり足は楽になるよ」
 茂美さんが、「光、最低!」と小さい声で怒鳴ってから、お皿をもってイートインスペースに移動した。
< 36 / 57 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop