恋愛温度差
「さっきの買い物って?」
 茂美さんが君野くんの前にくると、わたしの履いている靴に目をやった。

「はい、靴を買ってきました。昨日の靴擦れを見ていたので、一日履いているのはきっとつらいだろうって思いまして」
「すごい、君野くんっ!! あそこにいる白い悪魔とは大違いだねえ。では、ごゆっくり~」

 にこにこっと茂美さんが微笑んで、イートインスペースから離れていった。

「……で、なんて言われたの?」
「なにが?」
「光さんに」
「ああ~」

 君野くんが、ケーキの皿が置かれているテーブルにつくと、椅子に座った。
 わたしも、バンドエイドの箱を開けながら、君野くんの前に座る。

「まあ、腹の立つことを言われたよ」
「その内容を聞いてるんだけど?」
「罰ゲームと勘違いした人に言っても……ねえ」
「『罰ゲームか何かですか?』と質問しただけで、勘違いしたわけじゃない。昨日の、今日で急にワンピース姿を続投されたら、俺もそれなりに傷つくし」
「え?」とわたしはバンドエイドを一枚、手に取って顔をあげた。


 傷つく?って……なんで?

「昨日、黒崎オーナーに言われた『オンナ』を続けられたらさ。俺の昨日の言葉、今朝のあかりへの言葉、無駄だってことだろ? 俺の気持ちは眼中にないって言われたのと同じだろ?」
「あ……いや、ちがっ」とわたしは頭を振った。

「で? 光さんに何を言われて、意固地にその格好を続けてるの?」
「事故的なアレがなくても、お前じゃあ仕方ねえ、落ち込むな。……要約するとそんなことを言われた。君野くんの容姿なら、女なんて選り取り見取り。売れ残りババアをどうしても罠にかけてまで、寝取る必要なんてないって」
「事実は違うでしょ? 事故的なアレはあったわけだし。『事故』として、片づけられたら俺はすごく嫌だ」

 珍しく君野くんがムッとした表情になって、ケーキをつつき始めた。

『事故として、片づけられたら俺はすごく嫌だ』という言葉に、胸の奥がほっこりするのを感じる。

「30過ぎの処女じゃあ、うっかり事故で済まされない。十代二十代なら、『遊び』『その場の勢い』『流れ』で終わりにできることが、30代オトメじゃあ次を期待されるのは目に見えてっからな。重いだけだろ。よくある男の一人暮らしアルアルは、お前には通用しない……とも言われた」
「さすが兄妹だね。今朝、俺に『社交辞令』って言った人がいたよ」
「だ……って、あれは!! 一般的な思考であって。お兄ちゃんの言う通り、女性が選り取り見取りな君野くんの容姿なら、まわりから『オンナじゃねえ』と言われ続けてるわたしに好意を抱くなんて想像もできないじゃない」

 私の言葉に、さらに君野くんの顔が険しくなった。

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