恋愛温度差
「君野くん、いたい……よ」と声を震わせながら、わたしは鼻先に感じる痛みを訴えた。

「痛いと思うよ。強くつまんでるから」
「なんでぇ?」
「いろいろ」
「え? いろいろって何???」

「隙がありすぎ。ほかの男に肩を抱かれるのは見たくない。説明もきちんとする。好きな相手に話しにくいからって曖昧にしない」
「ハイ、ごめんなさい」

 よし、と君野くんがうなずくと、鼻をつまんでいる手を外してくれる。

「あとは俺の私情だから気にしなくていい」
「え?」
「気にしなくていいって言ったよね」

 君野くんがポンとわたしの頭を軽くたたいた。
 わたしは小さくうなずいて、視線をそらした。

 厨房から視線を感じた気がしたから。

 黒崎さん? こっち見てる?

 厨房で作業をしていた黒崎さんが、手を止めてこちらを見ているのがわかった。

「君野くん、靴代……」
「いらない」
「って、言うと思った。でも払わないと」
「足、大丈夫だった?」
「うん。もう痛くないよ。君野くんのおかげだね。ありがとう」
「なら、良かった」

 君野くんが上着のポケットに手を入れた。

 わたしは椅子から立ち上がると、鞄を肩にかけなおした。

「大きい鞄だね」と君野くんが苦笑しながら、肩にかけた鞄をスッと持っていく。
 わたしの肩にあった鞄があっという間に、君野くんの手へと移動した。

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