絶望の部屋(再)
匂いをたどりながら少しずつ近づいてくる足音がドスドスとなり今更どうすることもできずただ側で倒れている栞を庇うようにして小さくなることしかできなかった。
 
 
「チカイ。チカイゾ。」
 
鬼はとても低く薄気味悪い声で少しずつ僕らが隠れる場所に近づいてきていた。
 
 
 
心臓ごと精神ももぎ取られそうなほど緊張し僕も意識が遠のきそうだった。
 
 
今のこの状況は言葉では例えようのないものだった。死がもう体にまとわりつき身動きの取れない状況でさぁあなたは死にますよと差し出されているようなものだ。
 
 
逃げ切れる可能性は低いが栞を抱えて走って逃げるしか…
この可能性にかけるはもはや命を死の沼に半分差し出してるようなものだ。仮に鬼が遅いとしようだがこっちも人を抱えながら更には相手のあの数だ。こっちは手負いオマケに数でも負けている。こんな絶体絶命の窮地を打破できるのは運だけだ。
 
 
その運の成功率も1%にも満たないだろうけどやらないよりまし、背中に栞をオブって陸上のクラウチングスタートの構えで低く身構えた。
 
足音が一歩一歩近づいてくる。
 
少し離れたところで急に足音が止まり静まりかえった。
 
 
しばらく沈黙が続き緊張のせいか汗がポタポタと落ちる。
 
物音一つなく周りの鬼も僕らを殺す為に黙っているのだろう…
一也達は無事なのか?などと人の心配をできるような立場ではないがさっき見た金と銀の鬼が引きずっていた死体が2人と言う可能性はないこともない。
 
 
最悪の想像だけが脳裏によぎり肉体的にも精神的にもこの静まりかえった空気の中で居るのに限界があった。
 
 
静まりかえった空気の均衡を破ったのは鬼の一声だった。
 
 
「ミーツケター。」
 
 
 
地獄の底から湧き上がってきたような一言で足は震えて立つはずの足が進まず空を切って座り込んでいた。
 
 
勝負に負けたようだ。
相手のプレッシャーに呑まれ動くことすらできなかった僕の負けだ。
 
 
せめて栞だけでも助けてやりたいと思い栞を揺すって見たが起きるそぶりすら見せなかった。
 
 
死んでから謝ろう。守れなくてごめん。
 
 
 
女性の悲鳴の後にただただ鈍い音がなった。
 
 
グシャ。
 
 
赤の鬼が持っていたあの鬼がよく持っている棍棒のような武器で殴られたのだろう。
 
 
栞は最後に目を覚ましたのかな…
 
 
いつの間にか足は動くようになっていた。僕は振り向くことなくその場から立ち去った。
 
 
その時どの道をどんな風に何を持ってどんな風に走ったのかもわからないがただ全力で逃げることしかできなかった。
 

 
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