あのね、先生。
中村先生はポケットから煙草を出してくわえると、慣れた手つきで火をつけた。
「…煙草吸うんですね」
「すげー久しぶりですけどね」
「ふは、初めて見た」
久しぶりっていうのは本当なんだろう。
だって中村先生から煙草のにおいがしたことなんて一度もない。
「…行ってもいいんですかね」
煙草のことで話をはぐらかしたのは、多分少し動揺したから。行かない方がいいって言われると思った。
「そのくらい、自分の意思で決めてもいいと思いません?」
茉央ちゃんがよく中村先生に相談していたのは、こんな風にほんとはどうしたいかを見抜いてくれるからだと思う。
この人は本当のことを言わなくても気付いてくれるんだ。
「我慢したんですよね、あのときは」
「あのとき…?」
「咲良と別れたとき、誰よりも咲良のことを考えてたのは篠原先生じゃないですか。自分の気持ちを無視してまで」