玲汰、知ってる?
「……お前さ、本気で走って俺に負けそうだったから途中で止めたんだろ」
自信喪失させたら可哀想なんてそんなのは絶対に嘘。こいつは大の負けず嫌いだから勝負ごとを途中で放棄するなんてどうも腑に落ちない。
だから俺に負けるのが嫌だったんじゃないかって勝手に解釈した。
「調子に乗ってんじゃねーよ」
「いてて」
莉緒が思いきり俺の襟足を引っ張る。
加減を知らない莉緒の暴力にため息をつきながら俺は無言でペダルを漕ぐ。わずかな沈黙。
次に口を開いたのは莉緒だった。
「思い出したんだよ」
「え?」
聞き返してしまうほど、莉緒の声は鈴虫に負けていた。
「あの中学1年の夏に玲汰に負けた時のこと」
今度ははっきりと聞こえた。
そういえば莉緒に1回だけ勝ったあの時も勝負したのはこの運動公園だった。
詳しくは覚えてないけど、あの時も莉緒に呼び出されて色々と暴言を吐かれてムカついてたことは覚えてる。
「負ける気はなかった。あの時だって私がぶっちぎりで勝って玲汰をからかってやろうと思ってた」
そうそう、こいつは勝つ気満々で『私が勝ったら一生分のアイスおごれよ』なんてすげー強気で。
「でもさ、スタートラインに立って私の散々な挑発にムッとしてる玲汰の横顔がなんだか玲汰じゃないように思えてさ」
ピタリと言葉の続きが止まった。
顔を少しだけ横に向けてみたけど、それでも後ろに乗る莉緒の顔は見えない。