狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
ⅩⅣ―ⅰ 残り二ヵ国Ⅰ
彼女を起こさぬようそっとその身を抱きかかえると、ゆったりとした足取りで執務室を出ていく。茶の用意をして戻ってきた侍女は女官の支持を受け、彼の寝室へとトレイを運ぶ。そのトレイの上には温めてきたばかりのミルクボトルも用意されており、ほのかに甘い香りが辺りに漂っていた―――
自室へと戻ってきたキュリオは陽射しを遮るためにレースのカーテンをおろし、
ゆっくりベッドに腰掛ける。片手で柔らかなベッドの上掛けをめくると、腕に抱いていた少女の体を横たえた。彼女の意識がないため、今朝のように腕にすがってくる事はなく…それが少し寂しく思えた。
穏やかに寝息を立てる小さなアオイの額にキュリオの細く長い指先が伸ばされ、彼女の柔らかな前髪をゆっくりと梳いた。そこに眠る幼子のピンク色に染まった可愛らしい頬も、果実のように濡れた小さな唇もすべてが生まれ出て間もないと言わんばかりの潤いと柔らかさを保っており、手荒に扱って傷つけぬよう指の先にまで細心の注意を払う。
時折、口を動かす赤子らしい仕草さえ愛おしく…強く抱きしめて、頬をすり寄せたくなる衝動にかられた。
「…このもどかしさはいつか慣れるものなのだろうか…?」
子供どころか妻さえ持たぬキュリオには全てが初めての事だが、彼女に費やす時間が惜しいとは少しも思わない。これが仕事かと問われれば彼は"違う"とはっきり断言するだろう。何かを欲しがり、手元に置いておきたいと願ったことなど一度もない。つまりこれは彼が王となってから唯一欲した存在なのだ。
―――例え、その生命の尺が大きく違うものだとしても―――
「……」
じっと幼子の眠る瞳の縁取りを見つめるキュリオ。
幸せを感じれば感じるほど、いつか来る悲しい別れを想像してしまう。彼女の一生分の命がどれほどのものなのか、残り二ヵ国の返事でおおよそが決まってしまうのだ。