狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
ⅩⅩⅡ―ⅳ 狂い始めた歯車Ⅳ
「……」
先程から口を閉ざしたままのキュリオの顔をじっと見つめるアオイの瞳。珍しく彼は彼女のその眼差しに気づかず…変わらず無言のまま湯の中を進んでいく。
ようやく立ち止まったキュリオは比較的浅い場所へ腰を落ち着け、腕に抱いていた幼子の体を膝の上にのせた。どうやらキュリオはアオイが肩まで湯に浸かれる場所を探していたようだ。
「……」
しかしそれでもキュリオはしゃべらない。いつもは返事のないアオイに向かって一方的に話している彼だが、何か他の事を考えているようだった。ただ小さな体を癒すように優しい手だけが一定のリズムで肌を滑る。
「…?」
いよいよその様子に不安になったアオイはわずかに痛む右手をあげ、キュリオの艶やかな髪を握り…精一杯の力を込めた。
「…アオイ?」
やんわりと髪を引かれ、キュリオは我に返ったように膝の上のアオイに視線を落とした。すると…愛くるしい瞳が何か言いたげに近づき、彼女の濡れた唇から言葉が漏れる。
「…っぅ、…」
声のトーンから彼女が不満をもっているだろうことは十分理解することが出来た。そして…湯殿を見渡してはっとする。
「すまない…私は何か考え事をしていたらしい…」
広間でアオイを受け取り、腕の中に戻った彼女のぬくもりに安堵し…女官にミルクと水を頼んだところまでは覚えている。しかし、どうやってここまで来たのか…記憶にないのだ。
「お前を無視していたわけじゃないんだ…怒らないでおくれ」