狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
ⅩⅩⅨ―ⅹ 異物Ⅶ
「もう少々お待ちください姫様。間もなくキュリオ様がお見えになりますわ」
テラスから戻った女官は侍女の抱えている赤子へと微笑みながら言葉をかけた。するとその侍女はほっとしたように腕の中の小さな少女から女官へと視線をうつす。
「ではさっそく、私はあたたかいミルクを作り直してまいりますね」
「ええ、お願いするわ」
にこやかに顔を合せたは二人はアオイを抱くのを交代し、女官に赤子を任せた侍女は足早に扉を出て行く。
その時…、中にいる人の気配が扉に近づいたことを察知したウィスタリアは、通路にある柱の陰にその身を隠した。
―――ガチャ…
扉が開き、姿を見せた侍女は女神の気配に気づく事もなくパタパタと急ぎ足で目の前を通り過ぎていく…。
(…今のはさっきと違う女ね…)
「……」
ふらりと扉に近づいたウィスタリアは、右手をあげ…静かに扉をノックした。
『はい?開いておりますよ』
中から聞こえてきたのは先程テラスにやってきた女官の声に間違いなかった。
「……」
しかしウィスタリアは何も答えない。
『…?どうぞ?』
返事のない事を疑問に思った女官が再度声かけてきた。
『…両手がふさがっているのかしら?』
―――キイィ…
「…っ!?…」
扉の向こう側に立つ人物を確認した女官は驚き、困惑の色を浮かべている。
なぜなら、王に仕える身でもない者が案内された以外の部屋に立ち入るなど以(もっ)ての外(ほか)だからだ。
「…ウィスタリア様…なぜ、貴方様が…こちらに…」
「ふふっ…ごきげんよう」
扉の前に立つ彼女は不気味なほどに深い笑みを浮かべそう言葉を発した。そして…一瞬目付きが鋭くなったかと思うと…あっという間に目の前の女官を押しのけて室内へと大きく足を踏み入れたのだった―――