狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
XXXⅧ―ⅷ 共鳴する魔導書
「キュリオ、じゃなくて…王。もしかして、花の髪飾りを贈る相手ってアオイ姫の事?」
すると、隣りを歩いていたキュリオは目を丸くしてダルドを見つめた。
「出会った頃のように"キュリオ"で構わないのだが…いつから君は私をそう呼ぶようになったのかな?」
「…キュリオ、王の力になろうって思って…、ここで皆と過ごしている間にそう呼び始めた」
「私の呼び方を皆と合わせる必要はないのだが…」
クスリと笑ったキュリオは前方へと視線を戻し、仕立屋(ラプティス)・ロイとアオイのいる広間を目指して歩く。
「そうさ、花の髪飾りは彼女に贈るものだ。中庭に咲く小さなピンク色の花があまりにも似合うから…君も見たことがあるだろう?」
数年この城に世話になっていたダルドは(恐らくあの花…)と思い浮かべることが出来た。しかしそれ以上に"アオイ姫"に会えばキュリオのいう花のイメージが強く伝わってくる気がしたため、それ以上聞き返すことはしない。
「…なんとなくわかる。時間、まだあるからアオイ姫の髪飾りに魔導書は使わない」
「ありがとうダルド。アオイもきっと喜ぶ」
キュリオは優しい笑みをダルドに向け、広間の扉の前で二人が立ち止まると…家臣らの手によってゆっくりそれが開かれていく。
「おかえりなさいませキュリオ様、ダルド様」
女官が近づき、微笑みとともに深く頭を下げた。
すると頷いたキュリオがあたりを見回し…
「アオイ、いい子にしていたかい?私の友人ダルドを連れてきたよ」
「んきゃぁっ」
まるで数日ぶりに会う愛しい娘への抱擁。
そして姿の見えない仕立屋の彼。聞いてみればロイは採寸が終わると隣りの部屋へと引き籠り、あれから一度も顔を見せていないらしい。
「ダルド、この子がアオイだ」
「…?」
愛しい我が子を腕に抱きキュリオがゆっくり近づいてきた。
彼の胸元では真ん丸な瞳をパチクリさせ、ダルドの顔をじっと見つめる可愛らしい赤子の姿がある。
「君がアオイ姫…」
彼女の純粋な瞳に吸い寄せられるように、ダルドはフラリと彼女に近づいていく。すると…
「…っ」
ダルドの腕の中、魔導書がわずかに脈を打ち…何かと共鳴するようにその存在感を示している。
(…アオイ姫に、魔導書が反応している…?)
「…ダルド?」
光を纏う魔導書を見つめ、アオイの顔とそれを見比べているダルド。不思議に思ったキュリオが彼の手元へと視線を下げた。
「これは…」
キュリオの視線は魔導書からアオイへと向けられ、ダルドへと言葉を返した。
「君の魔導書は…一体に何を伝えようとしているのかわかるかい?」
「今までにこんなことはなかったと…思う、魔導書が自分の意志で輝くなんて…」
紐が解け、光輝いたページがどんどんめくれあがり…どこに止まる素振りも見せぬまま、ある一定の間を行ったり来たりしている。
「これは…魔導師の魔方陣…」
「魔導師?アオイにその力が…?」
「…うん。でもおかしい。反応しているわりにはその場所にたどり着いていない…」
不安な心を隠せないでいるダルドと違い、キュリオの表情はとても嬉しそうだ。
「彼女があまりにも小さすぎるせいかもしれない。そしてアオイ…君は紛れもなく悠久の子だ」
魔導師が存在するのは五大国で唯一悠久の国だけだ。そのためキュリオの喜びは確信へと変わり…尚一層、愛しさがこみ上げるのだった。
顔を寄せ、魔導師としての可能性を見せたアオイの頬へと優しい口づけを落とすキュリオ。
アオイの表情は"?"となっていたが、キュリオの微笑みにつられ嬉しそうに笑っている。
(魔導書が自身で紐を解き…己の意志で彼女の武器を創ろうとしている…?こんな事今までにあった…?)
「キュリオ王…」
言いかけたダルドだが、キュリオは彼女の将来を夢に見ているようで深い笑みを浮かべている。
「君が魔導師なら私が色々教えてあげられる。アオイは優しい子だからね、きっと治癒の力を使えるようになるよ」
「……」
幸せそうな二人を目にし、ダルドは不安を口にすることなく言葉を飲み込んだ。
(きっと大丈夫、キュリオが傍にいるのだから…)
ダルドは自分にそう言い聞かせ、気を取り直し口を開いた。
「…キュリオ王、アオイ姫の髪飾りを作ろう」
魔導書へ注意を向けすぎて気づかなかったが、やはり幼い少女を一目見て自然とひとつの花のイメージが浮かび上がってきた。
「うん。あの花で間違いない」
頬を染めてキュリオと笑い合う彼女のあどけない表情は、それこそ花が咲いたような笑顔そのものだった。
「僕、花の色合わせをしてくる」
バッグから取り出した水晶に視線を落としながらダルドは扉に手をかける。
手持ちの水晶と実物の花の色を近づけようと本物を見に行こうとしているらしい。
「すまないね。戻ったらお茶にしよう」
「うん」
頷いたダルドは背後にキュリオの声を聞きながら真っ直ぐに中庭へと向かったのだった―――