狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆アオイの適職?そのⅩ
―――コンコン
シュウはアオイを支えながら保健室の扉をノックした。
「……」
「…いねぇのかな?」
いくら待てど返ってくるのは沈黙ばかり。
痺れをきらしたシュウは扉を引いてみるが…
「…鍵がかかってる。しょうがねぇ職員室行って誰か呼んでくるか」
「いいよシュウ。私ここで保健室が開くの待ってるから。シュウは次の授業に行って?」
「ん?何言ってんだよ。お前置いて行けるわけないだろ」
小さくため息をついて壁に寄りかかるシュウ。
彼その様子から…彼がさらりと口にした言動が嘘ではないことがわかる。
「でも…せっかくセンスイ先生の…」
「別にそんなのどうでもいい。それに茶道っつったら…お前その足じゃどうせ座れないだろ?」
顔は動かさず、視線だけを下げたシュウは…痛々しい彼女の両ひざを何故か凝視している。
そしていつまでも離れない彼の視線に気が付いたアオイは…
「…な、なに?」
「…お前…傷ひどくなってねぇか?」
「…?」
(そういえば…何となく痛みが増してるような…)
何かをしていると気が紛れて、つい怪我したことさえ忘れてしまういつものアオイ。またいつもの癖が…と内心自分に呆れながら目を向けてみる。
「あれ?本当だ…」
いつもはキュリオやアレスがすぐに傷を治してくれるため、アオイ自身これほど怪我を放置したことはなく…
「化膿する前に早く消毒してもらわねぇと…」
シュウがわずかに焦りの色を浮かべながら辺りを見回している。
すると…
―――ガラガラ…
なんの前触れもなく彼の横で保健室の扉が開いた。
「…っ!びっくりした…」
驚いて一歩引いてしまったシュウ。そして顔をのぞかせたのは…
「…おや?可愛い生徒さんが二人…もしかして待たせてしまいましたか?」
「…っ…」
保健室から出てきた長身の男を見上げるアオイとシュウ。二人は固まったまま言葉を飲み込み…先程のクラスメイトの言葉をとっさに思い出したのだった。
『ひとたび目が合ってしまえば男でさえ恋に落ちるという…この世のものとは思えない麗しいあのお姿…』
(…この世のものとは思えない麗しい姿…)
アオイが見つめる先には水色の髪を高く結った絶世の美男子が…眩いほどの優しい微笑みを浮かべて目の前に立っている。
その彼が身に纏う上品な着物は、いわゆる"和の装い"と言われている異文化を取り入れた歴史あるもののはずだ。そしてその着物と茶道は綿密にな関係にあるのだという。
「……」
アオイはもう一度…ここが保健室前であることを確認し、目の前の綺麗な男性へと質問を投げかけた。
(保健室で何してたんだろう…)
「あの、もしかしてセンスイ先生…ですか?」
すると…
「はい。あなたは…アオイさん?」
「え…?」
即座に名前を当てられ、驚きを隠せずにいるアオイ。
有名な彼ならば、その名前を知る者たちが圧倒的に多いのはわかる。しかし、入学して間もない平凡なアオイの名を知る者がそう多いとは思えないのだ。
「どうして私の名前…」
と、言いかけたアオイの言葉にかぶせるようにセンスイが先に動いた。
「膝…血が出ていますね。先に手当いたしましょう」
優雅な動作でアオイの手をとった彼は、後方にいるシュウへと視線をうつし冷たく言い放つ。
「…見たところ貴方は怪我をしているわけではないようですね。もうすぐ二時限目が始まります。教室に戻りなさい」
「いやだね。こいつに怪我させたのは俺だ。手当が終わったら俺が責任もって連れて帰る」
なぜか初対面のはずの二人の間にいきなり険悪なムードが漂い、よからぬ予感しかしないアオイは気を利かせてシュウに声をかけた。
「ありがとうシュウ。先生もいるし…私はもう大丈夫だから」
彼を安心させるようにアオイは微笑むが…シュウは断固として首を縦に振らない。
「それに俺らの次の担当、センスイ先生だろ?
どっちみちすぐに授業は始まらねぇよ。急がなくたっていいんじゃねぇの?」
「ん?…それもそっか…」
単純なアオイはシュウの言葉を聞いてうまく丸め込まれている。
―――キーンコーンカーンコーン…
そして頭上から降り注ぐ二時限目開始の鐘の音。
「あ…」
顔を上げたアオイは始業を知らせるその音に気を取られ、シュウから一瞬…視線を離してしまった。
「……」
するとその隙に扉を閉めようとしたセンスイ。
だが、間髪…運動神経が抜群なシュウの足が、閉じようとするわずかな扉のはざまに滑り込み…ガッ!!と、やや強めの音が響いた。
そして…シュウの態度に不機嫌さをあらわにしたセンスイの横顔。
「わからない人ですね…病人でも怪我人でもないあなたがここにいる事自体、意図的に授業を放棄したと見なされて…それなりの処分を受けることになるんですよ」