狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆アオイの適職?そのⅩⅩⅩⅢ
驚き戸惑うアオイを半ば強引に抱きかかえ、部屋を後にしたキュリオ。
『……』
(…さっきからずっと黙ったまま…)
控えめにこちらの様子を伺う彼女の視線に気付きながらも銀髪の王は無言のまま歩き続ける。
風を受けたアオイの柔らかい髪が、その小さな肩を抱くキュリオの手を優しくなでていく。
やがて足を止めた王は、美しい重厚な扉の前で立ち止まると…主(あるじ)である彼を歓迎するようにそれは開いていった。
―――ギィ…
(お父様のお部屋…とても久しぶりな気がする)
室内へと足を踏み入れたキュリオだが…彼はソファへと向かうわけでもなく、そのまま窓の傍へとやってきた。
『アオイ、覚えているかい?』
ようやく口を開いたキュリオ。
『…?』
何を問われるのかと首を傾げるアオイ。
『お前がまだ赤ん坊の頃の話だ…。
私がベッドで眠っている間、隣りにいたお前は…窓辺の小鳥たちに触れようと身を乗りだしベッドから転落しそうになった事があった…』
まるで昨日の事のように記憶が鮮明に呼び起されていく。
出会って間もない彼女を常に腕に抱き、
"片時(かたとき)も離れたくはない…この腕にこの子を閉じ込めてしまいたい…"
そう願った当時のキュリオ。
(私たちの距離はあの頃よりも遠のいてしまってはいないだろうか…)
彼は窓の外を眺めながら、やり場のない気持ちをぶつけることも出来ず…今もこうして一人持て余していた。
すると、クスクスと笑う可愛らしい声が腕の中から聞こえる。
『お父様の手を煩わせるくらい、幼い私はおてんばでしたか?』
『そうだね…
いや、もっと手がかかってもよいと思ったほど…とても聞き分けの良い子だったよ』
目を細めて美しく育ったアオイを眩しそうに見つめるキュリオ。
五百年以上を生きる彼から見れば、今の彼女も赤子同然の年齢に等しい。
そして…この愛しい娘が例え五十、六十…さらに年を重ねたところで彼のゆるぎない愛に変わりはないだろう。
『…あの時はさすがに肝を冷やしたけれどね?』
赤ん坊のアオイに纏わりついたシーツのお陰でキュリオは目を覚ますことが出来た。そしてベッドから落ちる寸前の彼女へと必死に手を伸ばしたのを今でも覚えている。
ふふっ、と笑いかけたキュリオの顔がやがて真剣さを帯び…
『お前には自由に空を飛び回る翼はない。…かと言って少し油断しすぎていたのかもしれないね』
『…油断、ですか…?』
笑みを解いて父親の顔を覗き込むアオイ。キュリオの言葉に隠された意味がまったくわかっていない様子だった。
(油断なんて、お父様には縁のない言葉だと思っていたけれど…)
どんな些細な事にも手を抜かぬこの美しい悠久の王。彼の誠実な人柄や、国を想うその優しい心に傲慢の欠片などあるはずがない。
やはり答えにたどり着けぬアオイは、今にも頭を抱えてしまいそうなほどに考え込んでしまっている。
すると…
『私からお前を遠ざけてしまう"翼"など…邪魔なだけだ』
『…え?』
翼のないアオイにはまったく心当たりがなく、話が見えてこない。
しかし、含みのあるキュリオの言い方に違和感が残った。
『…お父様、お父様の言う"翼"って…?』
そしてようやくそれが物ではなく、別なモノであることに気が付き始めたアオイ。
『…遠回しな言い方はやめよう』
一度目を閉じたキュリオが再び瞳を開くと…長年隠し続けていた彼女への想いがドロドロと沸きあがり、愛憎の念となって激しく心を乱していく。
『お前の"翼"と成り得るものが…アレスやカイだとは思いたくない』
そう告げた慈悲の王の瞳はとても冷たく…それが冗談ではないことは容易に見て取れるのであった―――