狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆アオイの適職?そのLXⅦ
キュリオ不在の悠久の城では、乗り込んできたセンスイによってひと波乱を予感させていたが、城の主はというと…
三人の女教師たちとともにおしゃれな創作料理店へと足を踏み入れていたのだった。
アランよりも年上に見える彼女たちは上玉過ぎる彼を囲み、うまい料理やワインに舌鼓をうっている。
「アラン先生、このワインお口に合いますぅ?」
わざと胸元のボタンをはずし、胸を強調させた三十代とおぼしき英語の教師。そして彼女の真っ白なブラウスには、身に着けている黒い下着の色までが透けており…艶やかに光る唇のグロスが、アランを誘惑するための手段だとみえみえなのがわかる。
(随分香りの弱いワインだな…)
「…私には長年、自宅で飲みなれているワインがある。そのせいでそれ以外のものをあまり好まないというのが本心だ」
アランはグラスを傾けながら素材の色を確かめるように光に透かして雫を見ている。
「ほんっと絵になるわぁっ!!アラン先生!!ワインの飲み方とか板についてるって感じっっ!!」
鼻息荒く、そう叫んだのは二十台後半くらいの数学教師だ。彼女はそれほど色気に気を使っているタイプではなさそうだが、先ほどからアランへと容赦なく不躾な眼差しを向けているのだった。
「まぁっ!ご自宅でも飲まれるなんて、本当に貴族のような方!…で、ご自宅はどちらにあるんですの?」
上品な口調でそう言いながら、鋭いさぐりを入れてくるのは国語の教師だった。彼女は赤い縁取りの眼鏡と、真紅の口紅。二十代半ばの女を武器にしたような巻き毛の女だ。
「…そんな事を聞いてどうする。私は君を自宅へ招くつもりはない。ここへ来たのも別の目的があればこそだ」
ほとんど食事に手をつけていないアランは、なかなか進まない話と…自分に向けられる無駄な質問に早くも嫌気をさしている。
「えーっ!そんなに焦らないでくださいよぉおっ!!夜はまだ始まったばかりじゃないですかぁっっ!!」
もはや名前など覚える気がないアランは数学教師を睨み、わざとらしい大きなため息をついた。
「…話をするつもりがないのなら私はこれで失礼する。家で大事な人を待たせているのでね」
そして立ち上がろうとするアランの腕を掴み、慌てて声をあげた国語の教師。
「お、お待ちになってアラン先生っ!!センスイ先生の話が聞きたいのでしょうっっ!?」
すると、少し離れたウェイターたちのいるカウンターの向こう側では…
「おぉ…、あの罪作りな色男…好みの女はいなかったってか?」
短く刈り上げた茶髪の男がアランの姿を目にし、羨ましそうにぼやいている。
「あぁ、三人の女性に囲まれて入ってきたっていうあの男の話っすか?」
野菜を切りながら、どんな男なのかとフロアへひょっこり顔をのぞかせた料理人。
「うぉっ!!すっげぇっっイケメン!!!」
あまりの衝撃に包丁を落としてしまいそうになった彼の横を、少年が通り過ぎた。
「ちょ…っ!危ないじゃないですか先輩!!刃物持ったままうろうろしないで下さいよっ!!」
目くじら立てて怒鳴ってきた彼に、二人はすまなそうに頭を下げている。
「悪かったよシュウ、俺たちくらいになると毎日の楽しみってのがあまりなくてな…」
「そうそう、お前みたいにピッチピチな高校生だった頃にゃ…俺ももっと自分の事に一生懸命だったんだけどよ…」
「そんなの自分次第だと思いますが」
取り付く島もないようにバッサリと切り捨てた彼は、軽い身のこなしと有り余る体力で、次々に料理を運んでいく。
「あいつまだ若いのによく働くよな…日付が変わっても全然元気だしさ」
「んー、それが若さってもんじゃないっすかね?」
「結局そこかっ!」
と、呑気に笑っている彼らの言葉が遠くに聞こえる。もちろんそれはシュウがヴァンパイアのハーフだと知らないから言えることだった。
「お待たせしました」
肉料理を大皿に両手ひとつずつ運んできたシュウは、四人掛けのテーブルへとそれらを並べていく。
「空いた皿、下げますねー…」
形式的な言葉を発し、手短にその場をやり過ごそうとするシュウ。なぜならば学園でバイトが禁止されているため、顔が見られないよう努力する必要があったからだ。
「あ、ぼうや。このお皿もお願い」
(ん?この声…)
「…かしこまりました」
聞き覚えのある声に、シュウはチラリと女性客の顔を覗き見た。
(…うわっ!やっべっ!!こいつ英語の…)
わずかに手元が狂ってしまったのをアランは見逃さなかった。
「…?」
真横から己を見つめる強い眼差しを感じ、思わずそちらへと振り返ってしまったシュウ。
「…っ…!!」
(アラン…っ!!)
「…君は…」
まだ一年である彼に気づかない女教師たちに救われたシュウだったが、よりによって一番会いたくない人物と顔を合わせてしまったのだった―――