狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆キュリオの願望?そのⅤ
「ぎゃぁあああっっ!!」
突然響き渡った少女の悲鳴。その声はたしかに悠久の姫のものだったが…聞いている家臣や女官、侍女たちは優しい笑みを浮かべている。
「アオイ様お急ぎくださいっ!ただいまの時刻8時20分でございます!!」
「ま、待ってカイッッ!!そんなに早く走れないぃいいっ!」
「…っ今回という今回ばかりは間違いなく遅刻確定ですっ!
俺、表に馬をまわしてまいりますので姫様はキュリオ様にご挨拶なさったらすぐに城の正門に向かってくださいっ!!」
「だ、だめだよカイッ!それじゃお父様との約束が…っ…」
「大丈夫ですっ!キュリオ様には黙っておきますから!!」
毎日のように繰り返される二人のやり取りの後、ドドドドと階段を下りてくる二人の足音。
「本当だわ。姫様ったら今朝はいつもより遅くていらっしゃるわね」
口元に手をあてて上品に笑う女官はまるで母親のように優しい眼差しを音のする扉のほうへ向け、可憐な少女の登場を心待ちにしていた。
「…あのように大きな声で会話されては自然と耳に入ってしまうのだが…」
優雅に紅茶のカップを置いたキュリオは壁にかけられた巨大な柱時計を見つめ小さくため息をついた。
(アオイの足ではもう遅刻も同然だ。しかし…以前のように怪我をされては困る…)
―――バターンッ!!
整えたばかりの美しい髪を振り乱し、ひとりの少女の声が響いた。
「おはようございますっ!お父様っっ!!そして、ごめんなさい!行って参りますっっっ!!」
「…おはよう」
いつもはキュリオの元へと駆け寄って挨拶をするはずのアオイだが、今日は本当に時間がないらしい。
開け放った扉の前で一礼し、キュリオと視線が合うか合わないかのうちにそのまま走り去ろうとしていた。
「待ちなさいアオイ」
「っはいっ!?」
まさか呼び止められるとは思っていなかった彼女は、小走りの足をその場でもたつかせながら前のめりの体を必死に堪え、踏ん張っている。
「…大事な生徒が登校中に怪我でもされては困る。私が送ろう」
そう言うとキュリオは目の前におかれたジル特製の弁当と、己の背にある白いスーツを手に立ち上がった。
「え…でも…っ…」
さっさと遅刻回数を重ね、学園を退学することがキュリオの望みだと思っていたアオイは戸惑いを隠せぬ様子で、目の前を通り過ぎるキュリオの背をじっと見つめている。
「子の安全を優先するのも親の務めだとは思わないかい?」
アオイの視線を感じたキュリオは振り返らず、そう言葉を返して歩き続けた。
「…お父様…は、はい…っ!」
安堵した彼女が嬉しそうに駆け寄ってくる。そして、二人並んで城を出ると…
「…キュリオ様…?」
手綱を握り、馬をその場に留まらせていたカイが訝しげな表情でこちらを伺っている。
「ご苦労だったねカイ。君はもう戻りなさい。彼女は私が送っていく」
「…えっ!?」
「ごめんねカイ…せっかく準備してくれたのに」
「いえ、俺は大丈夫ですが…キュリオ様が姫様を…?」
すでに白いスーツがキュリオの腕にある今、彼はこのままアランとして学園に向かう事は間違いなかった。
だが…
それは彼女の学園生活を見守るという…親心とは名ばかりの、愛しい姫に近づく悪い虫を駆除するための行動なのだ。
そして彼の狙いは…早々に学園より彼女を連れ戻し、城という美しい花牢に閉じ込めておく事が狙いのはずだ。
(…キュリオ様が諦めるわけがない。まさか…寂しさに気が触れてしまったなんて事は…)