狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆キュリオの願望?そのⅥ
キュリオは手にした真っ白なスーツをアオイの肩にかける。
「さぁ行こうかアオイ」
「はいっ!」
何も疑わぬアオイが軽くかがんだキュリオの首に手を回すと、彼の長い腕がその体をしっかりと抱きとめた。恐らく高速で駆け抜ける際に受ける風や他人の視線からアオイを守るためのキュリオのスーツ。ふとしたところに彼の紳士的な振る舞いが際立っているが、しかしそれはアオイにのみ向けられるキュリオの深い愛情によるものだった。
音もなく地を蹴ったキュリオの背には翼がない。つまりは彼の足で移動すれば、この程度の距離などどうという事はないのだろう。
彼女が普段必死に駆け抜けている長い並木道を一瞬にして通り過ぎ、大きな道を抜けると…あっというまに人々で賑わう巨大な町が見えてきた。なるべく人の目に触れぬよう、強く地を蹴ったキュリオはアオイを抱えたまま高く上昇し始める。すると頬に受ける風はいくらか冷気を含み、目覚めて間もないアオイの頭を心地良い刺激が駆け抜けていく。
偉大な王に守られたこの悠久の国。
肌に受ける風や日の温かさすべてにキュリオの愛を感じる。己を抱いて駆け抜ける父親へと視線を向けるアオイだが、平然と前を向いたキュリオは特別力を放出しているようには見えない。しかしそれは互いに慣れによるもので、全土を覆う彼の力は常に溢れており…なんの力も持たぬアオイですら容易に実感することが出来る。
(お父様がこのように立派な王になられる前って…どんな方だったのかしら)
こうして平和な悠久で何不自由なく学園へと通わせてもらっているアオイだが、些細な事からキュリオの事が気になり始めた。
そして何よりも悠久の大地と民を一心に愛し続けてきたこの王の過去をアオイは知らない。
(お父様の事だから…全てにおいて優秀で、神童と呼ばれるような子だったに違いないわね)
美しく、優しさに満ちた彼が父親である事に誇りを持っているアオイは、キュリオの顔を見つめたまま眩しそうに目を細めている。
「楽しそうだね。どうかしたかい?」
「あ…お父様の子供の時ってどんな子だったんだろうって。ちょっと想像していました」
「…私が子供の頃?なぜ?」
驚いたように目を丸くしているキュリオ。五百年以上を生きる彼の幼少期を知るものはすでにこの世には存在しておらず、キュリオが語らぬ限り…その当時、彼がどういう子であったかは永遠の謎である。
「どのような状況下で育ったか…という好奇心もありますが、何よりもお父様がどんな子だったか…に興味がありますっ」
「私に興味を持ってくれるのは嬉しい事だ。しかし…もう学園に着いてしまうな」
ふふっと笑ったキュリオが高度を下げると、まばらに行きかう生徒たちの中から正門にある学園の時計が見え始める。
「わぁっ!まだ8時30分っ!!」
そのまま正門の前へと降り立つと思っていたアオイだが、キュリオは背の高い木の幹を蹴ると裏門へと移動し始めた。
「…まだ人の目があるからね。裏口から入ろう」
「はいっ」
あれから姿を消したセンスイ。それに伴いキュリオが教師・生徒たち全ての記憶から彼の存在を抹殺すると、センスイにより消されていたはずの一人の教師が学園へと戻ってきたのだった。彼は殺されていたのではなく、記憶を操作され別の道を歩み始めていたらしい。
(やつがいなくなったからといって…アオイをこのまま学園へ通わせるわけにはいかない)
楽しそうに歩くアオイを横目で見ながらキュリオは、彼女の記憶から学園そのものを消してしまう方法も考えていたのだった―――。
―――その頃、悠久の城では…
「先生…これは…っ…」
「うむ…」
まず、実験体となった生粋の剣士・カイ。
キュリオが寂しさにより気が触れたと勘違いしたカイは、キュリオやアオイを見送った後、大慌てでアレスやガーラントの元へと戻ってきた。
状況を大げさに伝えたカイのせいで、彼以上に動揺した二人は…とある魔法薬を生成し始めたのだが…
「おい…これって…大成功じゃねぇかっっ!?」
「そのようじゃなっ!」
「やりましたねっ!先生!!カイ!!」
完成した魔法薬に歓喜する三人の声が響いたのであった―――