狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆キュリオの願望?そのLXⅡ
室内へと足を踏み入れたセシエルの背後で重厚な扉が音を立てて閉まる。そして彼の視線の先でションボリと肩を落としたアオイの背中が視界にうつり…
「アオイさん…私は貴方に謝らなくてはいけない」
「…え?…セシエル様?」
アオイはよほどキュリオとの事がショックだったのか、王が入室した気配に気づいていなかった。
「…子供らしくゆっくり成長してもらいたいと思う反面、彼は知識や技術が他の誰よりも遥かに上回っているんだ。そのせいもあって精神面での成長が些か追いついていないところがあってね」
窓辺に立ったセシエルを見上げ、アオイは嬉しそうに微笑む。
「しょうがないですよ。まだあんなに小さいんですもの…。私はあのくらいの時、甘やかされていた記憶しかありません。自分で考えて行動するというより、判断はすべてお父様にお任せしていたように思いますし…」
「それはきっと"お父様"がアオイさんに甘えて欲しかったのだと私は思うよ。求められればそれに応えるのも愛情というものだ。君たち親子はそのバランスが良くとれていると言えるだろうね。しかし…キュリオが求められているのはもっと別な事なのさ」
セシエルの分析は明らかに的を得ている。
しかし…その淡々とした口調はどこか寂しさを含んでいるような気がした。
「…もっと別な事…ですか?」
たしかに王に従事する彼が必要なものは、アオイなどとは比べ物にならないほど多く、大きなものに違いない。
「彼はただの従者ではないんだ。キュリオはこの先、唯一無二の存在になる男なのさ」
(セシエル様が仰っている唯一無二の存在って…きっと…)
『俺もお前の父親も、ただその素質があったからって理由なだけで…なりたかったものは別にあったかもしれないぜ?』
「……」
幼い頃、"鳥の王"から告げられた一言を思い出したアオイ。すると、自分の口からは思いがけない言葉が飛び出した。
「それって…キュリオ様じゃないとだめなんでしょうか。…他の方ではいけないのですか?」
「…アオイさん…」
セシエルは驚いたように目を見開いていたが、口を固く結んだまま瞳を閉じた。
「…彼が拒絶するならば、この悠久は崩壊の道を歩むことになる。人々が苦しむ姿を目にしてキュリオが何も感じないとしたら…その可能性もあり得るだろうね」
「セシエル様、私…王様がいない世界を知りません。ですが、いなくても人々が手を取り合って頑張れば…なんとかなるのではないですか?」
アオイはキュリオが抱えている悩みや苦労、王にしかわからない孤独などたくさんの事を傍で見て感じてきたのだ。だからこそ願う…セシエルやキュリオの"王ではない別の人生"―――。
「…そんな事を言ってくれたのは君が初めてだよ。まるで心を覗かれているようだ」
瞼を開いた彼の瞳はとても優しく、アオイに対する愛情がさらに増したことを意味していた。
「しかし…王がいない世界は悲惨なものさ。原因不明の病に大多数の民が命を落とし…日の光を失った暗黒の空は、大地に巨大な爪痕を刻む。食糧を奪い合う人々は争い、力のないものは絶命するしかなくなる…」
遠くを見つめるように語り始めたセシエル。それが仮説なのか、真実なのかアオイにはわからない。しかし、キュリオから悠久の王が存在しない時代があったとは聞いた事がないため、おそらくここでの話ではないのだろうという考えに行き着いた。
「アオイさん、なぜ王がこれほどまでに強大な力を持っているか聞いた事があるかい?」
「…力のない民を守るため、でしょうか?」
振り向いたセシエルに眉間に皺を寄せたままアオイは答えた。すると彼は悲しそうに首を振り、静かに口を開く。
「もちろんそれが大前提だと言われているが…」
「…違うのですか?」
まさか別の意があるとは思っておらず、アオイは首を傾げながら言葉の続きを待っている。
「民と戦うためさ」