薫子様、一大事でございます!

「別になんてことのない話だ。親がいない子供なんて、世界に五万といるぞ」

「そうですけど……」


北見さんがその一人だとは想像もしていなくて。


ポンポンと北見さんの手の平が、私の頭に触れる。


「カコちゃんにそんな顔をさせるつもりはなかったんだ」


北見さんが優しく微笑む。

その瞬間、胸の奥で何かが小さく音を立てた。


「北見さん……」

「ん?」

「大丈夫ですから」

「……何が?」

「具合が悪くなったら、また私が食べさせてあげます」


そうやっておどけることで、胸の奥の何かを誤魔化そうと企てた。


「プッ。それはそれは、頼もしいことで」


北見さんが笑う。


「それじゃ、私は行きますね。おとなしく寝ていてくださいよ?」


北見さんの風邪が長引いたら、事務所は困るし、私も……困る。


北見さんは「はいはい」と適当な返事をすると、するりとベッドにもぐりこんだ。

< 211 / 531 >

この作品をシェア

pagetop