想い涙
ままならないこと
タイムセールを知らせる放送を尻目に、先ほどから同じ棚の前に居座っていた。
「典型的な一人暮らしね」
夕暮れ時のスーパーは大勢の主婦たちで賑わっているのに、生鮮食品のコースを外れてしまえばわりと静かなものだ。
目立つ愛里を人の多い場所に連れて行きたくなかったから、助かったと一息つく。
変装をしないなら付いて来ないでと言ったのに、自信ありげに身に付けていたのはサングラスのみだった。
「料理する気になんてなれないし」
お買得商品のパスタと、一番安いパスタソースをいくつかかごに放り込む。その下で、レトルト食品や特売の冷凍食品が潰れていた。
「便利な世の中だよねー」
下手に自分でつくるよりもよっぽどおいしい上に、つくるのも簡単。だから料理ができなくたって困らないと主張すれば、あからさまに話を流された。
「食欲はあってよかったわ」
「……食べなきゃ、生きていけないから」
思っていたよりも重くなってしまったかごを持ち直すと、愛里はわたしの手からかごを取り上げ、軽々と持ってみせた。
「意外と力持ちなんだ」
「人の基準と一緒にしないで」
不思議な心地だった。
こうしていると、人であるようにしか思えない。
「ときどきね、人が羨ましくなるの。不器用でも、意地汚くでもいいから、未来に夢見てみたいわ」
レジに並ぶ列の最後尾について、隣り合って立つ。
「わたしたちはずっと同じ仕事を繰り返して、やっと死んで生まれ変わっても、また同じ仕事を繰り返すだけ。それ以外の生き方なんてないの」
「もし愛里が人だったら、何がしたい?」
「恋したいわ」
即答した愛里がかわいらしく思えて、親が子にするように、わたしより高い位置にある頭をポンポンと叩いた。
「愛里にそう思わせるなんて、瑞人さんってすごい人なんだね」
「もちろんよ」
自信に溢れた発言に吹き出すと、愛里はむっとして顔を背けた。
「だって、ちょっと冷たいところもあるけど、愛里って本当の人間みたいだし。きっとそれを与えてくれたのは、全部瑞人さんなんだろうなって」
愛里は肯定も否定もせずに前に並ぶ人との間隔を詰めたけれど、ほのかに赤く染まる耳が、すべてを肯定していた。
「ねえ、愛里は何をしようとしてるの?」
顔を上げた愛里はもう、サングラス越しにいつもの鋭い眼差しを放っていた。
「わたしが考えていることがうまくいけば、瑞人が生き返る可能性がある。もちろんあなたの恋人も。今回は大規模だって言ったでしょう、その隙を突く」
あまりにあいまいな言い様で、それにはぐらかされるつもりはなかった。
愛里は協力してほしいと言いながら、何をしてほしいのか、一度も口にしようとしなかった。
どちらにしろ、愛里の言うことに従うしかないが、協力者として話を聞く権利ぐらいはあるはずだ。
「わたしは何をすればいいの?」
「今はまだ、言いたくないの。もしかしたら、他に方法があるかもしれないから」
おそらく愛里が考えている策は、わたしにとってあまり良い方法ではないのだろう。
准が戻るならなんだってかまわないのだけれど、それを口にしたら愛里に話を白紙に戻されてしまいそうな気がして、それ以上追求はできなかった。
「二人を生き返らせて、愛里は大丈夫なの?」
「瑞人が幸せなら、わたしはそれでいいわ」
それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。
「自分と引き替えに、瑞人さんを生き返らせるの?」
「わたしの身勝手だってことぐらいわかってるわ。でも、償わなければならないの……瑞人のことを、わたしはずっと利用していた。好きになる前も、その後も。瑞人だけは本当のわたしを見てくれている気がして、離れられなかったの」
作り物の「愛里という人間」ではなく、瑞人さんはきっといつだって、愛里自身に対峙していた。
それは愛里にとってはじめての経験で、何事にも代えがたいものだったのだろう。
「良い方法が見つかるといいね」
愛里は目を細めて頷いた。
「そう言えば、あの子から連絡はあったの?」
会計の順番になり、レジにかごを乗せる愛里の隣でバックの中から携帯を取り出す。
「まだ」
「変なことしてないと良いけど」
愛里の言うとおりだった。
柚穂は昨日、目覚めると、あんな不安定な状態にも関わらず帰ると言って聞かなかった。
何度も泊まっていけばいいと勧めたけれど、ことごとく却下されて、家に着いたら必ず連絡をするようにと言い聞かせることで妥協した。
なのに、連絡はないまま。
こちらから連絡を取ろうとしてみても、繋がりもしない。
本来ならすぐにでも捜しに行くところだったが、愛里の話では、柚穂は死ぬ予定はないから大丈夫ということだった。
「噂をすれば、柚穂だ」
手の中で携帯が震え、柚穂の名前が表示される。
「もしもし」
通話ボタンを押したものの、相手の剣幕に思わず耳から携帯を離してしまった。
「どうしたの?」
「柚穂の携帯から電話が来たんだけど、どう考えてもおばさんの声がして……」
財布を柚穂に託して、列を抜ける。
「柚穂の、お母さん、ですか?」
早口にまくし立てるその声に投げやりに相づちを打って、話の先を促す。
声の焦り様から、ただならないことが起きていることだけはわかる。
「何があったんですか?」
次の瞬間、聞こえた単語に耳を疑った。
会計を済ませ、かごを運んでいた愛里の腕を掴む。
「柚穂、柚穂が……」
「落ち着いて、柚穂がどうしたの」
掴む手に力を込める。
「死なないって、言ったじゃない」
柚穂が、自殺を図った。
「典型的な一人暮らしね」
夕暮れ時のスーパーは大勢の主婦たちで賑わっているのに、生鮮食品のコースを外れてしまえばわりと静かなものだ。
目立つ愛里を人の多い場所に連れて行きたくなかったから、助かったと一息つく。
変装をしないなら付いて来ないでと言ったのに、自信ありげに身に付けていたのはサングラスのみだった。
「料理する気になんてなれないし」
お買得商品のパスタと、一番安いパスタソースをいくつかかごに放り込む。その下で、レトルト食品や特売の冷凍食品が潰れていた。
「便利な世の中だよねー」
下手に自分でつくるよりもよっぽどおいしい上に、つくるのも簡単。だから料理ができなくたって困らないと主張すれば、あからさまに話を流された。
「食欲はあってよかったわ」
「……食べなきゃ、生きていけないから」
思っていたよりも重くなってしまったかごを持ち直すと、愛里はわたしの手からかごを取り上げ、軽々と持ってみせた。
「意外と力持ちなんだ」
「人の基準と一緒にしないで」
不思議な心地だった。
こうしていると、人であるようにしか思えない。
「ときどきね、人が羨ましくなるの。不器用でも、意地汚くでもいいから、未来に夢見てみたいわ」
レジに並ぶ列の最後尾について、隣り合って立つ。
「わたしたちはずっと同じ仕事を繰り返して、やっと死んで生まれ変わっても、また同じ仕事を繰り返すだけ。それ以外の生き方なんてないの」
「もし愛里が人だったら、何がしたい?」
「恋したいわ」
即答した愛里がかわいらしく思えて、親が子にするように、わたしより高い位置にある頭をポンポンと叩いた。
「愛里にそう思わせるなんて、瑞人さんってすごい人なんだね」
「もちろんよ」
自信に溢れた発言に吹き出すと、愛里はむっとして顔を背けた。
「だって、ちょっと冷たいところもあるけど、愛里って本当の人間みたいだし。きっとそれを与えてくれたのは、全部瑞人さんなんだろうなって」
愛里は肯定も否定もせずに前に並ぶ人との間隔を詰めたけれど、ほのかに赤く染まる耳が、すべてを肯定していた。
「ねえ、愛里は何をしようとしてるの?」
顔を上げた愛里はもう、サングラス越しにいつもの鋭い眼差しを放っていた。
「わたしが考えていることがうまくいけば、瑞人が生き返る可能性がある。もちろんあなたの恋人も。今回は大規模だって言ったでしょう、その隙を突く」
あまりにあいまいな言い様で、それにはぐらかされるつもりはなかった。
愛里は協力してほしいと言いながら、何をしてほしいのか、一度も口にしようとしなかった。
どちらにしろ、愛里の言うことに従うしかないが、協力者として話を聞く権利ぐらいはあるはずだ。
「わたしは何をすればいいの?」
「今はまだ、言いたくないの。もしかしたら、他に方法があるかもしれないから」
おそらく愛里が考えている策は、わたしにとってあまり良い方法ではないのだろう。
准が戻るならなんだってかまわないのだけれど、それを口にしたら愛里に話を白紙に戻されてしまいそうな気がして、それ以上追求はできなかった。
「二人を生き返らせて、愛里は大丈夫なの?」
「瑞人が幸せなら、わたしはそれでいいわ」
それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。
「自分と引き替えに、瑞人さんを生き返らせるの?」
「わたしの身勝手だってことぐらいわかってるわ。でも、償わなければならないの……瑞人のことを、わたしはずっと利用していた。好きになる前も、その後も。瑞人だけは本当のわたしを見てくれている気がして、離れられなかったの」
作り物の「愛里という人間」ではなく、瑞人さんはきっといつだって、愛里自身に対峙していた。
それは愛里にとってはじめての経験で、何事にも代えがたいものだったのだろう。
「良い方法が見つかるといいね」
愛里は目を細めて頷いた。
「そう言えば、あの子から連絡はあったの?」
会計の順番になり、レジにかごを乗せる愛里の隣でバックの中から携帯を取り出す。
「まだ」
「変なことしてないと良いけど」
愛里の言うとおりだった。
柚穂は昨日、目覚めると、あんな不安定な状態にも関わらず帰ると言って聞かなかった。
何度も泊まっていけばいいと勧めたけれど、ことごとく却下されて、家に着いたら必ず連絡をするようにと言い聞かせることで妥協した。
なのに、連絡はないまま。
こちらから連絡を取ろうとしてみても、繋がりもしない。
本来ならすぐにでも捜しに行くところだったが、愛里の話では、柚穂は死ぬ予定はないから大丈夫ということだった。
「噂をすれば、柚穂だ」
手の中で携帯が震え、柚穂の名前が表示される。
「もしもし」
通話ボタンを押したものの、相手の剣幕に思わず耳から携帯を離してしまった。
「どうしたの?」
「柚穂の携帯から電話が来たんだけど、どう考えてもおばさんの声がして……」
財布を柚穂に託して、列を抜ける。
「柚穂の、お母さん、ですか?」
早口にまくし立てるその声に投げやりに相づちを打って、話の先を促す。
声の焦り様から、ただならないことが起きていることだけはわかる。
「何があったんですか?」
次の瞬間、聞こえた単語に耳を疑った。
会計を済ませ、かごを運んでいた愛里の腕を掴む。
「柚穂、柚穂が……」
「落ち着いて、柚穂がどうしたの」
掴む手に力を込める。
「死なないって、言ったじゃない」
柚穂が、自殺を図った。