想い涙
限界
「リストカット、ねえ」
ベッドに横たわる柚穂を見て、愛里は舌打ちした。
母親は娘が自殺を図ったと電話口で騒いでいたけれど、柚穂の腕には大きな絆創膏が一枚貼られていただけだった。
気が抜けて、ピンクのラグの上に腰を下ろした。
「どうせお母さんが大げさに言ったんですよね、すみません」
「柚穂が無事なら、それでよかった」
知らぬ間に持ち出されていたという携帯を取り戻して、柚穂は仰向けになったままおかしなところを見られていないか調べていた。
「リダイアルしたのか。履歴の一番上が未花さんでよかった」
立ったままだった愛里は、腰を折ったかと思うと、柚穂の手から携帯を取り上げて、その頬を両手で包むようにして自分の方に向かせる。
「ねえ、なんでこっちを見ないの?」
「ちょっと愛里」
愛里は一向に手を離そうとはしなかった。
「本当に、リストカットするつもりだったの?」
問われて、柚穂は目線を下げた。
「こっちを見なさい」
威圧のこもった声にびくりと肩を振るわせて、柚穂は愛里の瞳を盗み見た。
「……自殺、したつもりだった」
「どういうこと!?」
「こういうことよ」
愛里に腕を小突かれて、柚穂は顔をしかめる。
「痛くてよかったわね。死んだらそれでおしまいよ」
愛里は我が物顔でソファに腰掛けて、手近にあった卓上カレンダーを手に取った。
「まだ意味がわからないんだけど」
返事はなく、カレンダーを捲る音だけが聞こえていた。
「タイムリミットが近いわね」
カレンダーをデスクに戻して、愛里は立ち上がった。
「言ったでしょう。死なないって」
「まさか」
「正確に言えば、わたしたちが止めるから死ねないって言った方がよかったわね」
柚穂の自殺は、愛里の仲間たちによって阻止された。
柚穂が死ねば良かったと言いたいわけではないけれど、こんなかたちで生かされるなんて、耐えられない。
「こんなのって!」
好き勝手に弄ばれて、これではまるで、わたしたちは。
「死にたかったのに」
柚穂の目線は、どこか遠くを彷徨っていた。
愛里は瞼をその手で覆い隠す。
「寝てなさい。いろいろあって疲れたのよ」
次の瞬間には、昨日と同じように、柚穂は小さな寝息をたてはじめた。
「今は、力を使ってほしくなかったな」
柚穂の状態を考えれば、こうした方が柚穂自身のためだということはわかる。
それでも、わたしたちは愛里たちに逆らえないのだという現実を、見せつけてほしくなかった。
「……ごめんなさい」
「愛里?」
愛里は頭を伏せて、シーツを両手で握りしめていた。
直感が、愛里の謝罪がわたしの言葉に対する謝罪だけではないことを告げる。
「ねえ、今、何をしたの?」
手繰り寄せられたシーツの皺が、深く刻まれていく。
「記憶も、消したわ」
「……どれくらい?」
「わたしたちのこと、それから、この子が取り戻したい、大切な人のことも」
「ふざけないで!早く記憶を戻してよ!柚穂にとってどれだけ友達のことが大事かって、この状態見てわかったでしょ!」
「だからよ。もう、この子は限界だわ」
「限界だから忘れた方がましってこと?それじゃあ、愛里だって変わらないじゃない!」
振り返った愛里の視線は、いつものような鋭いものではなかった。
精神的な疲れなのか、力を使った代償なのか、憔悴しているように見えた。
ベッドに横たわる柚穂を見て、愛里は舌打ちした。
母親は娘が自殺を図ったと電話口で騒いでいたけれど、柚穂の腕には大きな絆創膏が一枚貼られていただけだった。
気が抜けて、ピンクのラグの上に腰を下ろした。
「どうせお母さんが大げさに言ったんですよね、すみません」
「柚穂が無事なら、それでよかった」
知らぬ間に持ち出されていたという携帯を取り戻して、柚穂は仰向けになったままおかしなところを見られていないか調べていた。
「リダイアルしたのか。履歴の一番上が未花さんでよかった」
立ったままだった愛里は、腰を折ったかと思うと、柚穂の手から携帯を取り上げて、その頬を両手で包むようにして自分の方に向かせる。
「ねえ、なんでこっちを見ないの?」
「ちょっと愛里」
愛里は一向に手を離そうとはしなかった。
「本当に、リストカットするつもりだったの?」
問われて、柚穂は目線を下げた。
「こっちを見なさい」
威圧のこもった声にびくりと肩を振るわせて、柚穂は愛里の瞳を盗み見た。
「……自殺、したつもりだった」
「どういうこと!?」
「こういうことよ」
愛里に腕を小突かれて、柚穂は顔をしかめる。
「痛くてよかったわね。死んだらそれでおしまいよ」
愛里は我が物顔でソファに腰掛けて、手近にあった卓上カレンダーを手に取った。
「まだ意味がわからないんだけど」
返事はなく、カレンダーを捲る音だけが聞こえていた。
「タイムリミットが近いわね」
カレンダーをデスクに戻して、愛里は立ち上がった。
「言ったでしょう。死なないって」
「まさか」
「正確に言えば、わたしたちが止めるから死ねないって言った方がよかったわね」
柚穂の自殺は、愛里の仲間たちによって阻止された。
柚穂が死ねば良かったと言いたいわけではないけれど、こんなかたちで生かされるなんて、耐えられない。
「こんなのって!」
好き勝手に弄ばれて、これではまるで、わたしたちは。
「死にたかったのに」
柚穂の目線は、どこか遠くを彷徨っていた。
愛里は瞼をその手で覆い隠す。
「寝てなさい。いろいろあって疲れたのよ」
次の瞬間には、昨日と同じように、柚穂は小さな寝息をたてはじめた。
「今は、力を使ってほしくなかったな」
柚穂の状態を考えれば、こうした方が柚穂自身のためだということはわかる。
それでも、わたしたちは愛里たちに逆らえないのだという現実を、見せつけてほしくなかった。
「……ごめんなさい」
「愛里?」
愛里は頭を伏せて、シーツを両手で握りしめていた。
直感が、愛里の謝罪がわたしの言葉に対する謝罪だけではないことを告げる。
「ねえ、今、何をしたの?」
手繰り寄せられたシーツの皺が、深く刻まれていく。
「記憶も、消したわ」
「……どれくらい?」
「わたしたちのこと、それから、この子が取り戻したい、大切な人のことも」
「ふざけないで!早く記憶を戻してよ!柚穂にとってどれだけ友達のことが大事かって、この状態見てわかったでしょ!」
「だからよ。もう、この子は限界だわ」
「限界だから忘れた方がましってこと?それじゃあ、愛里だって変わらないじゃない!」
振り返った愛里の視線は、いつものような鋭いものではなかった。
精神的な疲れなのか、力を使った代償なのか、憔悴しているように見えた。