想い涙
また笑える日
いつだったか、クラスでも目立たないタイプの友達が、大勢の人の中にいるとわけもなく不安に襲われるときがあると言った。
当時こそ理解できなかったけれど、今はこういうことなのだと、身に染みていた。
自分の居場所が、わからない。
夜のファミレスは、周辺に学校が集まっていることもあって、客は学生が大半を占めている。
離れた席で悪ノリしている大学生たちがいっきコールをし出して、すかさず店員に止めに入られていた。
一瞬だけ静まりかえった店内は、またすぐに喧噪を取り戻す。
幾重にも重なる話し声、笑い声、叫び声。
動悸が少しずつ速まって、喉が詰まる。
「未花ちゃん!」
体を揺すられて、ようやく我に返る。
同じサークルのメンバーたちが、心配そうにわたしを見ていた。
「何度も呼んだのに返事しないから、びっくりしたよ」
「すいません」
「調子悪いわけじゃないよね?」
「違うよ、何でもない」
やっぱり、来なければ良かった。
室野さんに目撃されたのを最後に、愛里とは連絡が取れなくなった。
家にいると寂しくなるばかりで、真面目に授業に出席しては、そのまま友達やサークルの仲間たちと夜まで過ごす日々が続いていた。
「そろそろ帰ろっか」
一人が気を利かせて伝票をテーブルに広げて、まとめて会計するためにお金を集めようとする。
「わたしだけ先に帰るから、みんなは残って」
「気にしないで。そろそろ終電も迫ってるし、どうせ解散するタイミングだよ」
「まだ終電まで余裕あるじゃん。わたしも帰るの止めるから、もうちょっと居よう」
伝票をテーブルの脇に戻して、席を立つ。
「ドリンクバー行って来るね。何か取ってくる?」
「じゃあ、わたしアイスティー飲みたい」
「わたしも」
コップを2つ受け取って、みんなに背を向ける。
みんなから離れられてほっとしたのはわたしだけではなくて、小声でわたしに何かあったのかと話す声が聞こえた。
ドリンクバーはわたしたちの席からは死角だった。
何を飲もうか悩んでいるふりをして、その前をうろつく。
すぐ近くで女子高生が何かのゲームをしていて、誰かが負けたらしく、笑い声が上がった。
目をやれば、柚穂が着ていた制服と同じだった。
ブレザーの胸ポケットに施された刺繍が特徴的で、すぐに気づいた。
まさかとは思ったけれど、四人の顔を覗く。
正面に座る二人の顔はすぐに見えたけれど、背を向けている二人の顔は、なかなか見えなかった。
「それであいつから別れようって言い出してきたの?」
「らしいよ。ありえなくない?」
「あの子もよくしょうもないのに引っかかるよねー。柚穂も気をつけなよ」
聞き間違いではない。
正面に座る少女の片方が、柚穂と確かに口にした。
「気をつけるも何も、わたしには縁がない話っていうか」
聞こえたのは、気が弱そうな、いつもの柚穂の声。
「またそんなこと言って。野球部のキャプテンと良い感じなくせに」
「かずくんは席が隣なだけだってば!」
「かずくんだって!」
こういうときは、むきになって否定されればされるほど、周りのテンションは上がるものだ。
進んでいく話についていけずに、柚穂は困ったように手を振っていた。
「あいつって見た感じぱっとしないけど、好青年っぽくてよくない?」
「わかる。キャラ的に柚穂と合うと思う」
「いいなー、わたしも彼氏ほしい!」
「ちょっと待ってよ」
ようやく止めに入った柚穂をからかって、また笑いが起きる。
怒りながら、つられて柚穂も笑い出した。
「……たのしそうじゃん」
アイスティーの入ったコップだけを持って、柚穂に声をかけることなく席に帰る。
柚穂にとって、わたしはもう赤の他人だ。
「やっと戻って来た」
「ホットコーヒー飲みたかったんだけど、機械の調子が悪くなっちゃって」
嘘をついて、アイスティーを渡す。
「えー、そんなことあるんだ」
「直してくれるのを待ってたんだけど、時間かかるから諦めちゃった」
そこから何事もなかったように、ここにいないメンバーの話だったり、恋愛の話だったり、会話は弾んだ。
心配されないようにときどき相づちを打って、居づらくなったら、ドリンクバーやトイレに向かった。
これがつい最近まで、わたしにとって当たり前の生活のはずだったのに。
「わたしもまた、笑えるようになるのかな」
当時こそ理解できなかったけれど、今はこういうことなのだと、身に染みていた。
自分の居場所が、わからない。
夜のファミレスは、周辺に学校が集まっていることもあって、客は学生が大半を占めている。
離れた席で悪ノリしている大学生たちがいっきコールをし出して、すかさず店員に止めに入られていた。
一瞬だけ静まりかえった店内は、またすぐに喧噪を取り戻す。
幾重にも重なる話し声、笑い声、叫び声。
動悸が少しずつ速まって、喉が詰まる。
「未花ちゃん!」
体を揺すられて、ようやく我に返る。
同じサークルのメンバーたちが、心配そうにわたしを見ていた。
「何度も呼んだのに返事しないから、びっくりしたよ」
「すいません」
「調子悪いわけじゃないよね?」
「違うよ、何でもない」
やっぱり、来なければ良かった。
室野さんに目撃されたのを最後に、愛里とは連絡が取れなくなった。
家にいると寂しくなるばかりで、真面目に授業に出席しては、そのまま友達やサークルの仲間たちと夜まで過ごす日々が続いていた。
「そろそろ帰ろっか」
一人が気を利かせて伝票をテーブルに広げて、まとめて会計するためにお金を集めようとする。
「わたしだけ先に帰るから、みんなは残って」
「気にしないで。そろそろ終電も迫ってるし、どうせ解散するタイミングだよ」
「まだ終電まで余裕あるじゃん。わたしも帰るの止めるから、もうちょっと居よう」
伝票をテーブルの脇に戻して、席を立つ。
「ドリンクバー行って来るね。何か取ってくる?」
「じゃあ、わたしアイスティー飲みたい」
「わたしも」
コップを2つ受け取って、みんなに背を向ける。
みんなから離れられてほっとしたのはわたしだけではなくて、小声でわたしに何かあったのかと話す声が聞こえた。
ドリンクバーはわたしたちの席からは死角だった。
何を飲もうか悩んでいるふりをして、その前をうろつく。
すぐ近くで女子高生が何かのゲームをしていて、誰かが負けたらしく、笑い声が上がった。
目をやれば、柚穂が着ていた制服と同じだった。
ブレザーの胸ポケットに施された刺繍が特徴的で、すぐに気づいた。
まさかとは思ったけれど、四人の顔を覗く。
正面に座る二人の顔はすぐに見えたけれど、背を向けている二人の顔は、なかなか見えなかった。
「それであいつから別れようって言い出してきたの?」
「らしいよ。ありえなくない?」
「あの子もよくしょうもないのに引っかかるよねー。柚穂も気をつけなよ」
聞き間違いではない。
正面に座る少女の片方が、柚穂と確かに口にした。
「気をつけるも何も、わたしには縁がない話っていうか」
聞こえたのは、気が弱そうな、いつもの柚穂の声。
「またそんなこと言って。野球部のキャプテンと良い感じなくせに」
「かずくんは席が隣なだけだってば!」
「かずくんだって!」
こういうときは、むきになって否定されればされるほど、周りのテンションは上がるものだ。
進んでいく話についていけずに、柚穂は困ったように手を振っていた。
「あいつって見た感じぱっとしないけど、好青年っぽくてよくない?」
「わかる。キャラ的に柚穂と合うと思う」
「いいなー、わたしも彼氏ほしい!」
「ちょっと待ってよ」
ようやく止めに入った柚穂をからかって、また笑いが起きる。
怒りながら、つられて柚穂も笑い出した。
「……たのしそうじゃん」
アイスティーの入ったコップだけを持って、柚穂に声をかけることなく席に帰る。
柚穂にとって、わたしはもう赤の他人だ。
「やっと戻って来た」
「ホットコーヒー飲みたかったんだけど、機械の調子が悪くなっちゃって」
嘘をついて、アイスティーを渡す。
「えー、そんなことあるんだ」
「直してくれるのを待ってたんだけど、時間かかるから諦めちゃった」
そこから何事もなかったように、ここにいないメンバーの話だったり、恋愛の話だったり、会話は弾んだ。
心配されないようにときどき相づちを打って、居づらくなったら、ドリンクバーやトイレに向かった。
これがつい最近まで、わたしにとって当たり前の生活のはずだったのに。
「わたしもまた、笑えるようになるのかな」