想い涙
公園での遭遇
ボートに乗ってみたいと言われて、近所の公園に出かけた。
悪天候のため営業中止。
係員のおじさんは申し訳なさそうに曇り空を指さして、営業中と書かれたプレートを裏返した。
お互いに顔を見合わせて、そこまで気が回らなかったことを笑い合う。
公園を散策するうちに雨粒が落ち始めて、あっという間に、急遽購入したビニール傘を土砂降りの雨が叩く。
肩が濡れるとお互いに一つの傘を奪い合ってはしゃいだ。
そこに甘い空気はなかったけれど、二人でいれば、あまり好きではない雨の日もたのしかった。
下校途中の高校生を眺めて、ほんの数ヶ月前の自分たちを懐かしんだ。
池の畔の古びたベンチに腰かけて、揺れる水面をじっと見つめる。
風が吹くたびに、ボートに乗った親子連れがオールを漕ぐたびに、波紋が描かれる。
ベンチから少し離れて、池を覗き込む一組のカップルがいた。
女が池に餌を撒くたびに、騒がしく水が跳ねた。
餌付けされた鯉たちが、我先にと群がっている。
しゃがんでいた女が立ち上がり、斜め後ろに立つ男の手を引いた。
男は自分を呼ぶ声を聞くと、ゆっくりとしゃがむ。
女から餌の入った袋を手渡されて、おぼつかない手つきで2、3粒投げた。
何を話しているかは聞き取れなかったが、二人が顔を見合わせて笑い合うのを見た瞬間、あのときの、准の屈託のない笑顔が頭を過ぎった。
鳴らない携帯を握りしめて、ぼんやりと、二人を見続ける。
数分だったかもしれないし、数十分経ったかもしれない。
餌をやり終えた二人は、立ち上がって、わたしの方に向かって歩き出した。
二人の目をみることができずに、そらそうとして、その顔が見覚えのあるものであることに気づく。
意志の強そうな、整った顔立ち。
「愛里?」
昨日テレビで見たばかりの愛里は、帽子やサングラスと言った変装を全くしておらず、かえって本物ではないのかもしれないという考えを抱かせた。
愛里はわたしを一瞥すると、それ以上気に留める様子もなく通り過ぎて行った。
「どうしたの?」
「なんでもない」
背後で、男の声に答える愛里の、抑揚のない声がした。
あの愛里にも、大切な人がいて、幸せに過ごしている。
「……准」
会いたい。
続けられなかった言葉の変わりに、手を握りしめる。
愛里が振り返るような気配がしたが、憧れの芸能人に会えた喜びを今は感じることはできず、愛里の存在も行動も、今はどうでもいいものだった。
「准……」
准の行方は依然としてわからないままだった。
昨日、部屋の前でいくら待ち続けても准が帰ってくることはなく、辺りが寝静まった頃になって、帰宅してきた隣室の住人に声をかけられた。
男は部屋の前に座り込んでいた、見るからに怪しかったわたしを追い払いたかったのだろう。
准が住んでいることをわたしは知っているのに、空き部屋の前で何をしているのかと問いかけられ、不審者扱いされる前に退散した。
知り合いには連絡を取り続けたが、相変わらず誰も准のことは知らないと言う。
今日は准がいる可能性のある場所を回って、最終的に行き着いたのがここだった。
「……悲しいことがあったんですか?」
愛里の隣にいた男が戸惑いがちに口を開く。
男は愛里の手を離すと、手にしていた白い杖をゆっくりと突き出しながら来た道を引き返す。
「行こう、瑞人」
男は愛里に杖を奪われ、次いで手を引かれて、しかたなく指示に従う。
「きっと、良いこともありますよ」
薄っぺらい言葉だったが、彼が口にすると、少しだけ励まされた気がした。
悪天候のため営業中止。
係員のおじさんは申し訳なさそうに曇り空を指さして、営業中と書かれたプレートを裏返した。
お互いに顔を見合わせて、そこまで気が回らなかったことを笑い合う。
公園を散策するうちに雨粒が落ち始めて、あっという間に、急遽購入したビニール傘を土砂降りの雨が叩く。
肩が濡れるとお互いに一つの傘を奪い合ってはしゃいだ。
そこに甘い空気はなかったけれど、二人でいれば、あまり好きではない雨の日もたのしかった。
下校途中の高校生を眺めて、ほんの数ヶ月前の自分たちを懐かしんだ。
池の畔の古びたベンチに腰かけて、揺れる水面をじっと見つめる。
風が吹くたびに、ボートに乗った親子連れがオールを漕ぐたびに、波紋が描かれる。
ベンチから少し離れて、池を覗き込む一組のカップルがいた。
女が池に餌を撒くたびに、騒がしく水が跳ねた。
餌付けされた鯉たちが、我先にと群がっている。
しゃがんでいた女が立ち上がり、斜め後ろに立つ男の手を引いた。
男は自分を呼ぶ声を聞くと、ゆっくりとしゃがむ。
女から餌の入った袋を手渡されて、おぼつかない手つきで2、3粒投げた。
何を話しているかは聞き取れなかったが、二人が顔を見合わせて笑い合うのを見た瞬間、あのときの、准の屈託のない笑顔が頭を過ぎった。
鳴らない携帯を握りしめて、ぼんやりと、二人を見続ける。
数分だったかもしれないし、数十分経ったかもしれない。
餌をやり終えた二人は、立ち上がって、わたしの方に向かって歩き出した。
二人の目をみることができずに、そらそうとして、その顔が見覚えのあるものであることに気づく。
意志の強そうな、整った顔立ち。
「愛里?」
昨日テレビで見たばかりの愛里は、帽子やサングラスと言った変装を全くしておらず、かえって本物ではないのかもしれないという考えを抱かせた。
愛里はわたしを一瞥すると、それ以上気に留める様子もなく通り過ぎて行った。
「どうしたの?」
「なんでもない」
背後で、男の声に答える愛里の、抑揚のない声がした。
あの愛里にも、大切な人がいて、幸せに過ごしている。
「……准」
会いたい。
続けられなかった言葉の変わりに、手を握りしめる。
愛里が振り返るような気配がしたが、憧れの芸能人に会えた喜びを今は感じることはできず、愛里の存在も行動も、今はどうでもいいものだった。
「准……」
准の行方は依然としてわからないままだった。
昨日、部屋の前でいくら待ち続けても准が帰ってくることはなく、辺りが寝静まった頃になって、帰宅してきた隣室の住人に声をかけられた。
男は部屋の前に座り込んでいた、見るからに怪しかったわたしを追い払いたかったのだろう。
准が住んでいることをわたしは知っているのに、空き部屋の前で何をしているのかと問いかけられ、不審者扱いされる前に退散した。
知り合いには連絡を取り続けたが、相変わらず誰も准のことは知らないと言う。
今日は准がいる可能性のある場所を回って、最終的に行き着いたのがここだった。
「……悲しいことがあったんですか?」
愛里の隣にいた男が戸惑いがちに口を開く。
男は愛里の手を離すと、手にしていた白い杖をゆっくりと突き出しながら来た道を引き返す。
「行こう、瑞人」
男は愛里に杖を奪われ、次いで手を引かれて、しかたなく指示に従う。
「きっと、良いこともありますよ」
薄っぺらい言葉だったが、彼が口にすると、少しだけ励まされた気がした。