想い涙
二人目
水面に映る月が、風に煽られては消え、また現れる。
いつの間にか、あたりには夜の帳が降りていた。
いつの間に、というのには少し語弊がある。
陽が傾いたことに、風が冷たくなったことに、賑わっていた声が聞こえなくなったことに、気づいていたのに、ここを動こうとしなかっただけ。
静寂の中、突然大きな水音が響く。
「え?」
音の正体を探って、池の中に少女の姿を見つける。
制服を着た、おそらく高校生の少女は、池の中央に向かって足を進めている。
月明かりに照らされたその表情は虚ろだった。
「だめ!」
走りながらパンプスを脱ぎ捨て、両足を池に突っ込む。
初夏とは言え、水温はそれほど高くない。
一歩進むたびに鳥肌が立った。
少女は尚も、歩き続けている。
やっとの思いで追いつく頃には、池の中心辺りまで来ていた。
背後から少女の両肩を力任せに掴む。
「……その、死にたくなるくらい辛いこともときどきあるけど、でも……」
なんと言って良いのかわからないまま言葉を並べ立てていると、少女の方から、落ち着いてくださいと宥められた。
目を見開いて、行き場を失った手を戻す。
「違うの?」
少女は首を素早く縦に振る。
恥ずかしさのあまり、顔が火照り出す。
「ご、ごめんなさい。てっきり自殺だと思って」
「わたしの方こそ、紛らわしいことをしてごめんなさい」
空に浮かぶ月を見上げた少女の視線を追う。
「見えた気がしたんです」
「何が?」
「いなくなった親友が」
「え、いなくなった?それって大丈夫なの?」
少女はわたしの目をまっすぐに見つめて、苦笑した。
「やっぱり、わたしの願望だったんだ」
呟いた少女は、自身の手を握りしめた。
「その子が学校に来なくて、連絡を取ろうとしたんです。でも携帯から連絡先が消えていて、みんなに聞いても、先生に聞いても、その子のことを知らないって言われました。わたしってこんな見た目と性格だから、友達もあんまりできなくて、きっと、その親友は、わたしがつくった妄想なんです。ごめんなさい、迷惑をかけて」
お姉さんに風邪ひかせるわけにはいかないですから、と引き返そうとする少女の両腕を掴む。
「それって、本当……?」
「え?」
「わたしも、なの」
背筋に冷たいものが走る。
それは足下から伝わる水の冷たさとは違う類のものだった。
「彼氏に連絡が取れなくなって、みんなに聞いたらそんなやつ知らないって言うし、いくら捜しても本人が見つからないの」
力が抜けたようにその場に座り込もうとした少女を、慌てて掴んだ両腕に力を入れて立ち上がらせる。
「よかった」
少女は掠れた声で呟いた。
「里沙は、いたんだ」
親友の名を呼び続ける少女を抱き寄せる。
「大丈夫だから」
それは、本当は自分が一番言ってほしい言葉だった。
「あっ」
腕の中で少女は、慌てたように胸ポケットを探った。
携帯を取り出して、何かを確認し始める。
「どうしたの?」
少女は携帯を差し出す。
「わたし、ブログにさっき言ったことを書いたんです。友達のことをみんなが忘れていて、わたしだけが覚えてる、って。書き込みがあっても、最初はわたしに話を合わせているだけなんじゃないかって、信じられなかったんですけど」
携帯のカーソルを押して画面を下に移していけば、何件もの似たような書き込みがあった。
自分も同じ状況下にいる、と。
これらが全て、本当だとしたら。
「ねえ、その人たちに会うことってできないかな?」
「できなくはないと思います」
「変だと思うんだ。信じたくないけど、SF映画みたいなことが起きてるんだよ……わかってるよ、自分が今どれだけおかしなことを口走ってるかなんて」
少女はわたしの腕をほどいて、その両手をそれぞれの手で握りしめた。
何も解決したわけではなかったけれど、一人じゃないというのは、それだけで救いだった。
いつの間にか、あたりには夜の帳が降りていた。
いつの間に、というのには少し語弊がある。
陽が傾いたことに、風が冷たくなったことに、賑わっていた声が聞こえなくなったことに、気づいていたのに、ここを動こうとしなかっただけ。
静寂の中、突然大きな水音が響く。
「え?」
音の正体を探って、池の中に少女の姿を見つける。
制服を着た、おそらく高校生の少女は、池の中央に向かって足を進めている。
月明かりに照らされたその表情は虚ろだった。
「だめ!」
走りながらパンプスを脱ぎ捨て、両足を池に突っ込む。
初夏とは言え、水温はそれほど高くない。
一歩進むたびに鳥肌が立った。
少女は尚も、歩き続けている。
やっとの思いで追いつく頃には、池の中心辺りまで来ていた。
背後から少女の両肩を力任せに掴む。
「……その、死にたくなるくらい辛いこともときどきあるけど、でも……」
なんと言って良いのかわからないまま言葉を並べ立てていると、少女の方から、落ち着いてくださいと宥められた。
目を見開いて、行き場を失った手を戻す。
「違うの?」
少女は首を素早く縦に振る。
恥ずかしさのあまり、顔が火照り出す。
「ご、ごめんなさい。てっきり自殺だと思って」
「わたしの方こそ、紛らわしいことをしてごめんなさい」
空に浮かぶ月を見上げた少女の視線を追う。
「見えた気がしたんです」
「何が?」
「いなくなった親友が」
「え、いなくなった?それって大丈夫なの?」
少女はわたしの目をまっすぐに見つめて、苦笑した。
「やっぱり、わたしの願望だったんだ」
呟いた少女は、自身の手を握りしめた。
「その子が学校に来なくて、連絡を取ろうとしたんです。でも携帯から連絡先が消えていて、みんなに聞いても、先生に聞いても、その子のことを知らないって言われました。わたしってこんな見た目と性格だから、友達もあんまりできなくて、きっと、その親友は、わたしがつくった妄想なんです。ごめんなさい、迷惑をかけて」
お姉さんに風邪ひかせるわけにはいかないですから、と引き返そうとする少女の両腕を掴む。
「それって、本当……?」
「え?」
「わたしも、なの」
背筋に冷たいものが走る。
それは足下から伝わる水の冷たさとは違う類のものだった。
「彼氏に連絡が取れなくなって、みんなに聞いたらそんなやつ知らないって言うし、いくら捜しても本人が見つからないの」
力が抜けたようにその場に座り込もうとした少女を、慌てて掴んだ両腕に力を入れて立ち上がらせる。
「よかった」
少女は掠れた声で呟いた。
「里沙は、いたんだ」
親友の名を呼び続ける少女を抱き寄せる。
「大丈夫だから」
それは、本当は自分が一番言ってほしい言葉だった。
「あっ」
腕の中で少女は、慌てたように胸ポケットを探った。
携帯を取り出して、何かを確認し始める。
「どうしたの?」
少女は携帯を差し出す。
「わたし、ブログにさっき言ったことを書いたんです。友達のことをみんなが忘れていて、わたしだけが覚えてる、って。書き込みがあっても、最初はわたしに話を合わせているだけなんじゃないかって、信じられなかったんですけど」
携帯のカーソルを押して画面を下に移していけば、何件もの似たような書き込みがあった。
自分も同じ状況下にいる、と。
これらが全て、本当だとしたら。
「ねえ、その人たちに会うことってできないかな?」
「できなくはないと思います」
「変だと思うんだ。信じたくないけど、SF映画みたいなことが起きてるんだよ……わかってるよ、自分が今どれだけおかしなことを口走ってるかなんて」
少女はわたしの腕をほどいて、その両手をそれぞれの手で握りしめた。
何も解決したわけではなかったけれど、一人じゃないというのは、それだけで救いだった。