想い涙
重い瞼を押し上げ、力尽きてまたすぐに閉じる。
あと五分。
いつもより天井が高く感じられた気がしたけれど、押し寄せてきた眠気に勝てずに寝返りを打つ。
ごとりと鈍い音がして、頭を抑えた。
「痛い、痛い」
ベッドから落ちたのかと体を起こせば、元から床の上で寝ていた。
体の下には簡易敷き布団が敷かれていて、少し離れたところに、払いのけられた薄手の掛け布団が丸まっていた。
この部屋にベッドは一つしかなく、友達を部屋に泊めると一人が床で寝るしかなかった。
昨日は誰を泊めたんだっけ。
ベッドの端に手をついて、眠り続けている人物を覗き込む。
「え……誰?」
とても大学生には見えない、幼い顔立ちの少女はようやく眠りを妨げられたようで、目を擦り始めた。
「……誰?」
少女自身も、わたしをその瞳に映すと同じ問いを返した。
もう一度、昨日の行動を思い返す。
昨日は准のいそうな場所を探して、見つからなくて、公園に行き着いて。
月明かりに照らされ、池の中をゆっくりと進んでいた少女がいた。
「ああ!」
二人して、ほとんど同時に声をあげた。
こんな状態の自分を親に見せて心配させたくないからと、漫画喫茶で夜を明かそうとしていた少女を引き留めて泊めたのだった。
「寝ぼけすぎたね」
「ですね」
気を取り直して、冷蔵庫から食パンを取り出す。
「柚穂ちゃん、でいいんだよね。朝食はパンでもいい?ごはん派?」
「パン派です。でも、さすがにそこまでしてもらうのは悪いです」
「いいのいいの、むしろわたし一人だけで食べるのは嫌だし」
袋から食パン二枚を取り出し、トースターに入れる。
パンを焼いている間にケトルにお湯を注いで、粉末スープをマグカップの中に開ける。
「あの、せめて何か手伝わせてください」
「手伝うって、もうほとんどやることないよ。むしろ簡単なものでごめんね」
柚穂の両肩を押さえつけて、むりやり座らせる。
「いいから待ってて」
手持ちぶさたになった柚穂は、スクールバックからクリアファイルを取り出して、何かのプリントを読んでいた。
「宿題?」
「違います、時間割です」
差し出されたそれをよく見れば、区切られたマス目の中に教科名が書かれていた。
「学校には行けそう?」
「一応行くつもりです。もしかしたら、誰かが覚えているかもしれないので」
「そうだね……」
沈黙を破るようにトースターの停止音が鳴る。
トーストを皿に乗せて戻ってくると、柚穂はファイルを携帯に持ち替えていた。
「これ食べたら帰らせてもらいますね。いったんうちに帰らないと、教科書がないので」
「わかった」
持ち上げたトーストの半分にマーガリンを、もう半分に苺ジャムを塗り、半分に折って齧りつく。
柚穂はトーストにマーガリンだけを塗って口に運んだ。
「わたしは自主休講しようかな」
「自主休講?」
「サボりってこと」
「行く気になれないですよね」
「うん。それに、わたしと准は大学が違うから、手がかりもありそうにないし」
トーストの最後の一口を、水で流し込む。
「今日は准の実家に行ってみる。家自体がない可能性もあるけど、何もしないでいるよりは良いし」
「会えると良いですね」
「うん。あ、五時までには戻って来れるから安心して」
柚穂はきょとんとして、手を止めた。
「何か用事があるんですか?」
「あれ、その時間までに帰って来ないといけなかったような気がして……なんだっけ?」
いくら考えてみてもその時間帯にある用事なんて記憶になかったし、手帳を見ても、何も書かれていなかった。
「まだ寝ぼけてたみたい」
あと五分。
いつもより天井が高く感じられた気がしたけれど、押し寄せてきた眠気に勝てずに寝返りを打つ。
ごとりと鈍い音がして、頭を抑えた。
「痛い、痛い」
ベッドから落ちたのかと体を起こせば、元から床の上で寝ていた。
体の下には簡易敷き布団が敷かれていて、少し離れたところに、払いのけられた薄手の掛け布団が丸まっていた。
この部屋にベッドは一つしかなく、友達を部屋に泊めると一人が床で寝るしかなかった。
昨日は誰を泊めたんだっけ。
ベッドの端に手をついて、眠り続けている人物を覗き込む。
「え……誰?」
とても大学生には見えない、幼い顔立ちの少女はようやく眠りを妨げられたようで、目を擦り始めた。
「……誰?」
少女自身も、わたしをその瞳に映すと同じ問いを返した。
もう一度、昨日の行動を思い返す。
昨日は准のいそうな場所を探して、見つからなくて、公園に行き着いて。
月明かりに照らされ、池の中をゆっくりと進んでいた少女がいた。
「ああ!」
二人して、ほとんど同時に声をあげた。
こんな状態の自分を親に見せて心配させたくないからと、漫画喫茶で夜を明かそうとしていた少女を引き留めて泊めたのだった。
「寝ぼけすぎたね」
「ですね」
気を取り直して、冷蔵庫から食パンを取り出す。
「柚穂ちゃん、でいいんだよね。朝食はパンでもいい?ごはん派?」
「パン派です。でも、さすがにそこまでしてもらうのは悪いです」
「いいのいいの、むしろわたし一人だけで食べるのは嫌だし」
袋から食パン二枚を取り出し、トースターに入れる。
パンを焼いている間にケトルにお湯を注いで、粉末スープをマグカップの中に開ける。
「あの、せめて何か手伝わせてください」
「手伝うって、もうほとんどやることないよ。むしろ簡単なものでごめんね」
柚穂の両肩を押さえつけて、むりやり座らせる。
「いいから待ってて」
手持ちぶさたになった柚穂は、スクールバックからクリアファイルを取り出して、何かのプリントを読んでいた。
「宿題?」
「違います、時間割です」
差し出されたそれをよく見れば、区切られたマス目の中に教科名が書かれていた。
「学校には行けそう?」
「一応行くつもりです。もしかしたら、誰かが覚えているかもしれないので」
「そうだね……」
沈黙を破るようにトースターの停止音が鳴る。
トーストを皿に乗せて戻ってくると、柚穂はファイルを携帯に持ち替えていた。
「これ食べたら帰らせてもらいますね。いったんうちに帰らないと、教科書がないので」
「わかった」
持ち上げたトーストの半分にマーガリンを、もう半分に苺ジャムを塗り、半分に折って齧りつく。
柚穂はトーストにマーガリンだけを塗って口に運んだ。
「わたしは自主休講しようかな」
「自主休講?」
「サボりってこと」
「行く気になれないですよね」
「うん。それに、わたしと准は大学が違うから、手がかりもありそうにないし」
トーストの最後の一口を、水で流し込む。
「今日は准の実家に行ってみる。家自体がない可能性もあるけど、何もしないでいるよりは良いし」
「会えると良いですね」
「うん。あ、五時までには戻って来れるから安心して」
柚穂はきょとんとして、手を止めた。
「何か用事があるんですか?」
「あれ、その時間までに帰って来ないといけなかったような気がして……なんだっけ?」
いくら考えてみてもその時間帯にある用事なんて記憶になかったし、手帳を見ても、何も書かれていなかった。
「まだ寝ぼけてたみたい」