弟、時々恋、のち狼
静かに流れるピアノのメロディーを、アタシは珍しくきちんと聞いてみる。
「この曲、聞いたことあるかも」
思わずつぶやいた。
たまにテレビから流れてくるのを、聞いたことがある。テンポはゆっくりなのに、やたら音が多くて、難しそうな印象の曲。
「こんなにピアノ弾けたら楽しいだろうなぁ」
あれから、ロウは、何もしゃべらない。
気まずい空気に、アタシは精一杯、勇気を出して独り言を言い続けた。
「まぁ、アタシはピアノ以前にせめて先輩に迷惑かけないくらい吹けるようになんなきゃだよね……」
吹奏楽部の顧問と生徒。それがアタシたちの公の関係。もっと加えて言えば、超初心者のクラリネット奏者と、指揮者。
でも決死の独り言は、結局、なんの役にも立たなかった。
「まわりくどく言ってもしかたないからさ……単刀直入に訊くよ」
ロウに突然目を見据えられ。
アタシは正直、この場を走って逃げ出そうかと本気で思った。
澄んだ瞳が、怖い。
「あいつに、何か、された?」
「え……っ」
頬にカッと血が昇る。
「何か……って、……何っ?」
朝の河原での出来事が、瞬間的に甦る。
取り繕う間もなくアタシはボロボロに狼狽して、しゃべるより先に、情けないことにあっさり顔に出てしまった。