弟、時々恋、のち狼

立ち上がった拍子に、ガタリとイスが大きな音を立てた。慌てて静かに入れ直す。


「……じゃ。今日はありがとう」


そそくさと立ち去ろうとすると、ハッシと腕を掴まれた。


「や、めて」


消え入りそうな声は、はたして届いたのだろうか。


「ミフウ」


ふいに、何かがふわりとアタシを覆った。


「行くな」


それがツカサの腕で、白昼堂々、しかも店の中で抱きしめられているのだ、と気付くまでに数瞬。

一気に沸騰する体温。

顔に血がのぼりすぎて倒れそうだ。
なんで平気でこんなことができるんだろう。

心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいのドキドキと、少しの呆れと、少しの怒り。


「離、して」


「いやだ」


「……怒るよ?」


「それでもいい」


艶やかに切ない響きに、絡め取られそうになる。
ツカサの顔を見てはいけない。見たらもう、動けないから。

ロウ……助けてよ。


「泣かせるのは好きじゃない」


ふいに拘束力がなくなった。
言われて我に返れば、アタシの頬に濡れた感覚。
いつの間に……。


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