弟、時々恋、のち狼
「何をなさっているのですか」
視線を前へと戻した瞬間、声が聞こえた。
透き通った、穏やかな声。
すぐ、近くから……。
「ひやっ!?」
変な音が出た。
目の前に、顔がある。
アタシの目線より、ほんの少し、高い場所。
「あっあのっ」
桜の幹によりそっていたはずのツカサくんが、いつの間にか、すぐそこに立っていた。
「らしくない。
堂々としていらっしゃい」
同級生だということを忘れてしまうほど、有無を言わせぬ迫力に満ちた物言い。
「…………江藤くん?」
違和感。
恐々、名字で呼んでみる。
朝会った時と、教室の時と。
そこで感じた違和感がまた、新しく襲いかかって来る。
「ツカサとお呼びください」
にこやか、と言うにはほど遠い。
怖いとは思わない。けれど、事務的な厳しさがそこにはあった。
淡々と……という表現が合うかもしれない。
「我が君」
かかしのように茫然と立ち尽くすアタシに膝を降り、ツカサは映画で見る騎士のように深々と礼をした。