弟、時々恋、のち狼
「あの……どなた、です、か……っ?」
抑えきれず、かすれた声が思い切り上ずった。
男の人と、こんな息のかかりそうな距離で会話をするなんて。
……しかも、こんなわけのわからない状況で。
考えただけでも緊張するんだから、きっと、実際には緊張と動揺で、蚊のなくような大きさでしか喋れていないことだろう。
それでも、決死の覚悟だ。
「……へ?」
キョトンとしたカオが、さらにキョトンとした。
まじまじと、穴があくんじゃないかと思うほどの視線が、痛い。
「あ……えと……」
なんか……ヤバい。
勘がそう告げる。
もしかして……言っちゃいけなかった?
でも、わけがわからないながらになんとか言った言葉は……だからこそ、一番気になっている、根本的な質問だった。
……状況的には場違いではあるかもしれないものの……。
何か言ってよ……!
急速に冷えていく視線。
あまりの居心地の悪さに、アタシは自分が小さく小さく縮んでいくような錯覚に陥った。
「……わからナイんだ?」
低く這うような響き。
まるで今にも泣き出しそうなくらい悲しそうなカオをして、彼はアタシの目を覗き込む。