秘め恋*story5~車の中で…~
「おかえり。」
「た、ただいま。早かったのね。」
「出先から、直帰したから。」
ソファーに座ったまま話す夫の声が、機嫌のいいものじゃないとすぐに分かった。
その途端、体に緊張が走る。
「す、すぐご飯の用意するわねっ。」
キッチンへと逃げ込むのようにして入った。
コンロには沸かしたてのケトルがあった。
コーヒーでも飲んだのだろう。
「車校はどう?運転できてる?」
思わずビクッと肩が震えた。
振り向くと、すぐ横に夫が立っていた。
笑って聞いてきた夫。
その笑みが冷たい。
「うん。まだまだ下手だけど、
とりあえず仮免目指して頑張ってるよ。」
「そうか。頑張って…」
「うん。ありがとう。」
気のせいよ。
今日は大丈夫…うん。きっと。
「ねぇ、今日のおかず…ハンバー…」
「早く免許取ってくれよ?
あの、格好いい教官にしっかり教えてもらって。」
「……ッ!?」
安心なんて出来なかった。
私の肩に手を置いた夫がそう言いながら、見下ろした。
「今日早く仕事終わったから、車校まで迎えに行ったんだ。」
「そうだったの…?」
夫が車校へ来ていたことに驚きを隠せなかった。
「ずいぶん、あの教官と仲良いみたいだな。
悪いから、声かけずに先に帰ったよ。」
「そんな、」
ーーーードンッ。
違うと否定しようとする前に、突き飛ばされ、体がよろけた。
その瞬間…
「熱ッ…!!」
コンロにあった熱々のケトルに手がもろに当たった。
あまりの熱さにその場にしゃがみこんだ。
「ご、ごめんなさい。。
教官とはなるべく話さないようにするわ。」
「そうだね。多香子のこと、変な目で見てるかもしれないからね。」
「う、うん。」
柳さんは、そんな人じゃない。きっと。
あの人はすごく真面目で、責任感の強い人。
ヒリヒリと痛む手を庇いながら、気持ちとは反対に頷いた。
それから夫は、優しい声で
“大丈夫?ほら、早く冷やそう。”と言って、
手当てをしてくれた。