インセカンズ
帰宅した緋衣は、デパ地下で購入したお弁当で夕食を済ませると、シャワーを浴びる。

丁寧に髪を乾かしてから部屋に戻ると、買ってきたばかりのワンピースを取り出して鏡の前で当ててみる。

彼女にしては可愛いらしいデザインに、店員に乗せられたかな?と思いながらも笑顔を作ってみる。

すると、緋衣の携帯が着信を知らせて、ワンピースを一先ずショッパーに仕舞ってから通話ボタンを押す。

「アズ、今どこにいる?」

緋衣が電話に出るなり、発信元の安信が聞いてくる。

「家にいましたけど、どうかしましたか?」

「今から会いたいんだけど、時間取れそう?」

「もうメイク落としてすっかり寛いでたんで、外出はちょっとしたくないです」

「じゃあ、俺がアズんち行ってもいい?」

「えっ? ……ヤスさん、何かあったんですか?」

安信が緋衣の部屋に行きたいと言い出したのは初めてだった。

すぐに思ったのは、婚約者と何かあったのではないかということ。心配する気持ちは本当なのに、久しぶりに耳元で聞く彼の低音の声が心地よく響いて、全身が満たされていくようだった。

「まどろっこしいな。単刀直入に言うと、今すぐやりたい」

緋衣の不安を他所に、安信は遠慮のない物言いでそう言い切る。

「山越えたらほっとして、アズの顔見たくなった」

「目的は、私の顔じゃなくて身体ですよね」

「どっちも一緒だろ。アズのいく時の顔が見たい」

電話越しの彼の低い声は、緋衣の耳孔を通って腰を震わせる。

この男は一体どんな顔をしてそんな事を言っているのか。呆れながらもお腹の奥がきゅんと切なさに頷いて、あまりにも素直な自分の身体に緋衣は苦笑する。
< 108 / 164 >

この作品をシェア

pagetop